こんぶ土居店主のブログ

こんぶ土居店主によるブログです。お役に立てれば。

宮井一郎さんの料理に見る「食の正しさ」

 

先日、ある方からお誘いいただき、大阪の島本町にあるイタリア料理屋さんへ行きました。

ジビエ(狩猟によって捕獲された野生の鳥獣の肉)を専門に扱うお店です。

ご主人の宮井一郎さん(以下、一郎さん)は、料理人であり同時にハンターで、お店の近くの山に罠を仕掛け、シカやイノシシなどの獲物を調理しておられます。

 

一郎さんのことは、書くと長いので、ネット上の記事をご紹介しておきます。

下のインタビュー記事を、是非ご一読下さい。

cookbiz.jp

 

一郎さんの料理は、どれもこれも本当に美味しく、そこにはタイトルに書いたように「食の正しさ」のようなものを感じます。

所謂、軽薄なガストロノミーの世界が追求する「美食」とは明確に一線を画すものです。

 

ジビエはくさいもの、とお考えの方もあるかも知れませんが、「正しい処理」をしたものは、くさくなんて無いのです。

どの肉でも「香り」と「臭み」があるかと思いますが、一郎さんの料理に存在するのは前者です。

例えば、普通に市販される、牛肉、豚肉、鶏肉は、くさみが出にくいように品種改良されてきたものでしょう。

しかし、その一方で「正しくない飼育方法」によって、本来その動物が持っている個性とは違った「おかしな風味」が発生しているように思います。

 

例えば、普通のスーパーなどで安価に売られているブロイラーをシンプルに調理したものは、私はかなり抵抗があります。

いやな風味を感じるのです。

香りの強い副原料で味をつければ気にならないですが、例えば「塩をかけて焼いただけ」なら、かなり厳しいです。

先にご紹介したインタビュー記事内の一郎さんの言葉を借りれば、

『畜産はやっぱりどうしてもストレスがかかって臭くなるんです。人間でもそうやけど、牢屋に入れられて、好きなものを食べさせてもらえない、お風呂にも入れない、排泄と寝る場所が同じで、しかもいずれは殺されるということが分かっていたらストレスかからへん?

ストレスがかかると体臭が出ると言われているから、どうしても独特の肉の臭さを僕は感じるんです。だから僕の獲った肉を食べてもらったら分かるけど、全然臭くないんです。なんでかというと、死ぬ瞬間まで“生きようとしている”からね。それを経験したら、僕自身も生き方を変えたいと思います。死ぬ瞬間までストレスを抱えずに生きたいなあと。』

地球上に60億人がいる中で、全員が食べていくための方法として畜産は当然必要です。僕のようなやり方が、まかり通るとは思ってない。でも人間は生き物を殺すことでしか生きていけない、その事実を伝えていきたいとは思っています。コンビニでもスーパーでも全部殺されたものが並んでいるわけで、植物も生きているからどんな人も絶対に何かを殺しているわけで、それを猟やジビエを通して実感してほしいんです。

 

本来の食性と違った産業効率ばかりを考えた飼料で育ったり、飼育環境が悪いことに起因する病気を防ぐため投薬されたり、そんな理由によっても異常な臭気が発生するのでしょう。

 

食にも『正しさ』がある!

今回のブログでお伝えしたい内容は、これだけです。

地球人類を飢えさせないために、一般的な畜産や、農薬や化学肥料を大量に使う農業も必要でしょう。

それでも、少なくとも両者の違いだけは多くの方にご理解いただきたいです。

食にまつわる社会問題からヴィーガンになる方々も増えていますが、「命を考える」ことについても、一郎さんのお仕事から感じるところは大きいです。

頭の中だけで考えた話と、実際に山に入って「自らの手で殺生」して得た一郎さんの感覚、やはり後者の方が価値が高いと思います。

 

 

一度、島本町のお店まで出かけて一郎さんのジビエ料理を食べ、慣れ親しんだ大量生産の家畜の味との違いから、正しい食について考えてみて下さい。

www.ristorante-conte.jp

これは昆布屋としての私共の仕事にも同じことが言えます。

うま味調味料や食品添加物を駆使してつくった味ではない「正しい昆布製品」を追求したいと思います。

もはや、求めるべきものは、主観的な「美味しさ」などではないのです。

 

余談ですが、一郎さんのお店で出てきたワインは、過去にこのブログで何度となくご紹介した、イタリアのナチュラルワインのインポーター「ヴィナイオータ」のものばかりでした。

たまたまでしょうか?

いえいえ、恐らく一郎さんとヴィナイオータさんのお考えが近いのでしょう。

こちらにも、同じく「食の正しさ」を感じます。

以下の過去投稿も、是非ご一読下さい。

konbudoi4th.hatenablog.com

f:id:konbudoi4th:20220407185246j:image
f:id:konbudoi4th:20220407185257j:image
f:id:konbudoi4th:20220407185249j:image
f:id:konbudoi4th:20220407185252j:image
f:id:konbudoi4th:20220407185255j:image
f:id:konbudoi4th:20220407185300j:image
f:id:konbudoi4th:20220407185243j:image

真昆布偏愛

昆布は、産地がどこであっても品種が何でも、大切な海からの恵みですから、全てが素晴らしい食品だと思います。

ただ、他の農作物と同じように、「名産地」や「昔から特に珍重されてきた品種」があります。

本日の投稿は、そんな内容です。

 

前半は、史実を含む社会的、文化的なお話を。

そして後半には、食品としてのおいしさの分析を軸に書きたいと思います。

 

 

一般の方が、普通のスーパーや食料品店で見かける昆布の品種は「真昆布」「羅臼昆布」「利尻昆布」「日高昆布」の四種類が主でしょう。

これらには、「その品種を好む消費地域」が存在します。

 

例えば沖縄。

1980年代まで、一人あたりの昆布購入量は、沖縄県が一位でした。

しかし意外なことに、沖縄では昆布でダシはあまり取りません。

「海の野菜」として、それ自体を食べるのです。

代表的なメニューは、細切りにした昆布と他の具材を炒め煮にした「クーブイリチー」などでしょうか。

f:id:konbudoi4th:20220325202211j:plain

他にも、豚肉を芯に巻いた昆布巻きなども良く食されるようです。

こういった利用法に適した昆布は、前述の4種の中では日高昆布になります。

その他、同じ適性のある長昆布なども沖縄ではよく利用されます。

実際に沖縄の市場へ行きますと、日高昆布や長昆布が大量に販売されています。

 

 

本州に目を移しまして、北陸の富山県

富山も昆布文化の色濃い地域で、現在では消費量データを見ると、全国一位です。

この富山で盛んに使われるのが「羅臼昆布」です。

これには史実も大きく関係しています。

羅臼地方の大規模開拓は、江戸末期の安永年間に始まるのですが、その際、富山県から5万戸以上が開拓移民として北海道に渡り、羅臼での昆布漁業の発展に大きく貢献しました。

なんと実に羅臼町民の7割以上が富山県にルーツを持つ方だと言われています。

こんな歴史もあって、現在でも富山県羅臼昆布の消費や流通に大きな役割を果たしています。

 

 

新旧の消費量1位県のエピソードをご紹介しましたが、こんな内容も踏まえまして。

大まかで乱暴な分け方ですが、昆布の各品種と、それを特に好む土地柄の関係は、ざっと次のような感じです。

●日高昆布と沖縄

羅臼昆布と富山

利尻昆布と京都

●真昆布と大阪

 

このような結びつきは、非常に興味深いものです。

各地の食文化と、それに合った品種の昆布が使われてきた面があるのでしょう。

しかし、前述の4品種。

名前に、少し違和感を感じられませんでしょうか。

羅臼」「利尻」「日高」、これらは全て地名です。

f:id:konbudoi4th:20220325200858j:plain

この流れでいけば、函館近郊の道南地方で産出する真昆布は「函館昆布」とでも呼ばれるべきものでしょう。

しかし、なぜか先人は、そう呼ばずに「真昆布」と命名したわけです。

産地名を冠することなく「真(まこと)の昆布」と呼んだ、このあたりに、先人が真昆布を他品種と分けて別格視していたことが伺い知れませんでしょうか。

 

 

実際に、この真昆布への特別な評価は「献上品」にも見ることができます。

江戸時代から、蝦夷地を治めた松前藩が朝廷や将軍家に上納する際には、常に真昆布が指定されてきたのです。

f:id:konbudoi4th:20220325201154j:plain

(昭和初期の、献上昆布乾燥の風景)

その真昆布を、江戸時代中期以後は、大阪が独占に近い形で流通させるのですが、これには、有名な北前船のストーリーが関係しています。

f:id:konbudoi4th:20220325201541j:plain

この図は、「西廻り航路」と呼ばれる、江戸中期の北海道の産物を運んだ交易船の航路です。

ご覧の通り、言わば終着駅が大阪であったのです。

西廻り航路を、今では「昆布ロード」と呼ぶこともあり、「天下の台所の、だし文化」に大きな役割を果たすことになりました。

品質の良い真昆布が、ほとんど大阪で消費され、全国的な流通が無かったのには、こんな歴史が関係しているわけです。

北前船の影響は非常に大きく、現在でも昆布文化の色濃い地域を見れば、そのほとんどが北前船の寄港地であった場所です。

 

こうして、日本の昆布流通の中心地となった大阪ですが、その名残は現代にも見ることができます。

例えば、あらゆる業界団体の本部は、ほぼ必ず東京にあるものです。

しかし、日本唯一の昆布の業界団体「日本昆布協会」の所在地は大阪です。

また、私共のような「昆布専門業者」が無数に存在したのが大阪で、その数は他県と文字通り桁が違うほどです。

昆布文化が濃くない地域では、乾物を扱う業者が「昆布も」売っている、そんな場合が非常に多いものです。

 

 

 

さて、歴史のお話しや、社会的文化的なことについては、これぐらいにして、ここからは、食品としての味覚的な違いを軸に書きたいと思います。

 

味については、お好みも関係して難しいのですが、言わば「公的見解」をご紹介します。

 

前述の「日本昆布協会」発行の業界向け情報冊子「昆布手帳」には、代表的な4品種の特徴を、以下のように書かれています。

f:id:konbudoi4th:20220328092148j:image

(冊子記載の順に)

●真昆布(白口浜天然元揃)

表皮は褐色で切口は白い。

だし汁の清澄さ、味わいの上品さから、最高級の昆布といわれている。

(以下、土居の注釈)

本日のブログのタイトルは、「真昆布偏愛」で、私が大阪の昆布屋として真昆布の価値を多くの方にご理解いただきたく書いているわけですが、「昆布手帳」内でも、真昆布が「最高級の昆布」となっています。

他の銘柄には、この「最」の文字がありません。

説明にあるように、味の傾向としては「上品で強いうまみ」と言えるかと思います。

例えば、だしを取るときには、所謂うまみ成分が多く含まれている必要がありますが、主たるうまみ成分のグルタミン酸量を見ると、羅臼昆布に次ぐ含有量を誇ります。

また「だし汁の清澄さ」と記載されている通り、色がつかず透き通った美しいだしになるところも特筆すべきところでしょう。

うまみ成分が多くとも、同時に雑味が多いのであれば好ましくありませんが、それについても「味わいの上品さ」と表現されています。

 

●みついし昆布

色は濃緑に黒みを帯びている。

だし昆布として多く用いられ、コクのある味で広く知られている銘柄のひとつ。

(以下、土居の注釈)

みついし昆布とは、日高昆布の正式名称です。この品種が日高地方で多く産出することから、日高昆布とも呼ばれるわけです。日高昆布の説明では、特に高品質であることを謳った文言は読み取れないものの、前述のように野菜感覚でそれ自体を食べる際には、食感も良く、他の昆布に無い魅力を発揮します。私共でも、昆布巻製品の原料として使用しているのは日高昆布です。

f:id:konbudoi4th:20220325204218j:plain

 

●りしり昆布

表皮は黒褐色で真昆布に比べ硬い感じがする。

だし汁は清澄で香り高く、特有の風味が喜ばれる高級品。

(以下、土居の注釈)

利尻昆布については「だし汁は清澄で香り高く」と記載されている通り、濁りのない美しいだしになる場合が多いものです。

風味もくせがなく、上品な味わいだと思います。

ただ、うまみ成分の含有量で見ますと、先の真昆布や次の羅臼昆布に比べると少なく、少し厚みが弱いだしになりがちです。

 

羅臼昆布

表皮の肌色から黒口と赤口に区分される。黒口は半島突端寄り、赤口は半島南端寄りに比較的多い。

味が濃く、香りがとても良く名品の誉れ高い品。

だし汁が濁る欠点があるも人気が高く、道南の元揃に匹敵する高級銘柄。

(以下、土居の注釈)

羅臼昆布の説明には、「味が濃く」と書かれている通り、最も素晴らしい点は味わいの濃厚さでしょう。

グルタミン酸含有量で見ますと、他の銘柄を凌ぎます。

記載されている通り、だし汁が濁りがちな欠点はあったとしても、料理によってはそれが気にならない場合も多々あるかと思います。

「道南の元揃に匹敵する」と書かれていますが、道南の元揃とは真昆布のことです。

実際に、古くから真昆布と羅臼昆布は高級昆布の双璧で、他の品種とは一線を画す同じような高価格帯で取引されてきました。

 

 

以上が、昆布手帳の情報を元にした、各品種の味覚的な違いです。

良い昆布が備えているべき強いうまみと、雑味の少なさ、濁りの無い美しさ、それらを兼ね備えた真昆布の価値が、なんとなくご理解いただけましたでしょうか。

 

ただ注意すべきことは、この名声が獲得されたのは、かなり古い時代のことである点です。

その時代と現代で大きく異なることは、養殖昆布の存在です。

献上品に指定されたり、「真」の昆布と名付けられたり、そんな時代には養殖昆布は存在しません。

日本で養殖技術が確立されたのは昭和40年代です。

残念ながら、今の時代の「真昆布」は、ほとんどが養殖物なのです。

養殖昆布が悪いということでは決してありません。

しかし、天然昆布と明確に品質は違います。

また、養殖昆布には、天然昆布同様に二年かけて育てる「二年養殖」と、一年で出荷する「一年養殖(促成栽培)」があることも注目すべきでしょう。

近年、環境の悪化から天然真昆布が採れなくなって、道南地方の真昆布の生産量内訳は、ざっと以下のような割合でしょうか。

●天然真昆布  ほぼゼロ

●二年養殖真昆布 5%以下

●一年養殖真昆布 95%以上

つまり、「真昆布」と言えば、一般市販品は、ほとんどが一年養殖真昆布なのです。

一年養殖の昆布も決して悪いものではないのですが、それを見て真昆布の真価を理解したことにはなりません。

二年養殖であれば、天然昆布と比較的近いと言えるかと思います。

 

また、同じ真昆布でも採取地によって、品質差が意外に大きいものです。

これは古くから「浜格差」という言葉で表現されてきました。

 

長々と書いて参りましたが、本日の投稿は、地元大阪でも正しく理解されているとは言い難い真昆布の価値を、改めて知っていただきたいと思ってご紹介するものです。

本年開設を予定している「大阪昆布ミュージアム」も、「昆布の一般的なこと」と言うより、その名の通り「北海道の昆布と"大阪の"伝統食文化の関り」についてご紹介し、体験して頂く場です。

かつては、大阪名物と言えば昆布であったことなど、地元でも高齢者以外はほとんど誰も知らない現状。

分かりやすく情報発信ができる場所にしたいと思います。

 

冒頭にも書きましたが、全ての産地の全ての品種が、各地域の食文化に根差した素晴らしい昆布であるわけですが、その中でも歴史的に特に珍重されてきた真昆布の価値を多くの方にご理解いただけることを願っています。

f:id:konbudoi4th:20220327082330j:image

(献上昆布たる最上品位の真昆布の産地、川汲浜と、大阪の業者の売買契約を示す古い証文。大阪昆布ミュージアムでも展示致します。)

(了)

 

栄養強調表示についての問題提起(問題事例も紹介)

前回の投稿で、「無添加」という言葉が食品パッケージなどに書かれる際、特に取り決めがないので問題が発生していることを書きました。

konbudoi4th.hatenablog.com

 

これは、栄養成分に関しても同じです。

消費者へ誤った伝わり方にならないよう、制度に決められた方法で表記する必要があります。

例えば、特定の栄養成分について「◇◇含有」とか「〇〇たっぷり」等といった表現を書く場合、これは「栄養強調表示」と呼ばれます。

こういった文言を表記する場合には、消費者庁の取り決めが存在しています。

 

東京都福祉保健局のウェブサイトが分かりやすかったので、ご紹介しておきます。

www.fukushihoken.metro.tokyo.lg.jp

 

 

栄養成分を強調する場合、以下の三つのカテゴリーに分けて取り決めが存在します。

〇高い旨(例: 高○○ △△豊富 □□たっぷり )

〇含む旨(例: ○○含有 △△源 □□入り)

〇強化された旨(例: ○○30%アップ △△2倍)

 

例えば、ある飲料水のパッケージに「ミネラル豊富」と書くなら、上記の「高い旨」に相当し、下記のミネラル全てが、次の基準値を超えて含有している必要があります。

 

(100gあたり)

亜鉛  1.32mg、カリウム  420mg、カルシウム  102mg、鉄   1.02mg、銅  0.14mg、マグネシウム  48mg

(下記のサイトが引用元です。)

https://www.caa.go.jp/policies/policy/food_labeling/food_labeling_act/pdf/food_labeling_cms101_201009_1.pdf

 

以上のことを踏まえまして。

ひとつ事例をご紹介します。

f:id:konbudoi4th:20220309105843j:image

これは、サントリーの「やさしい麦茶」という製品のパッケージの一部です。

ご覧の通り、大きな文字で「ミネラル」と書かれています。

これを見れば、普通の消費者は、この製品にはたくさんのミネラルが含まれ、健康に良い効果を及ぼしてくれることを期待するのではないでしょうか。

「ミネラル」の文字の横には「650!」と同じフォント、同じ文字色で書かれていますから、この数字がミネラル含有量と何か関係があるのではないかと考える方があるかも知れません。

 

しかし実際には、この製品には必要なミネラルなど皆無と言って良いのです。

それは、この製品の栄養成分表示を参照すれば分かります。

前述のミネラル6種類のうち、製品ラベルに表記されているものはカリウム、カルシウム、マグネシウム、の三種でした。

 

この3成分の製品100g中の含有量を、前述の基準値(高い旨の場合)と併記します。

カリウム  製品含有量1~10mg  基準値420mg

カルシウム  製品含有量0~1.0mg  基準値102mg

マグネシウム  製品含有量0~1.0mg  基準値48mg

 

ご覧の通り、全く基準値に達していません。

達していないどころか、ほとんど皆無と言って良い含有量です。

しかし、これは法に違反しているわけではないのです。

それには、次のようなカラクリがあります。

 

 

前述のように、栄養強調表示では、

〇高い旨(例: 高○○ △△豊富 □□たっぷり )

〇含む旨(例: ○○含有 △△源 □□入り)

〇強化された旨(例: ○○30%アップ △△2倍)

の三種が規定されていました。

逆に言えば、上記のような表現例を用いない場合、規制の対象外なのです。

ご紹介した、サントリーの「やさしい麦茶」は、「ミネラル」と書いているだけですから、「高い旨」にも、「含む旨」にも、「強化された旨」にも該当しないということになります。

「ミネラル豊富」と書けば規制の対象です。

しかし「ミネラル」と書いているだけですから、規制の対象外なのです。

 

パッケージに「ミネラル」と大きく書かれていれば、普通の消費者はその製品がミネラル豊富だと考えてしまうのでは無いでしょうか。

実は、この部分についても、消費者庁から注意喚起はされているのです。

下記の資料の2ページ目の最下部に「ポイント」として次のような説明があります。

『高い、低いに言及せずに栄養成分名のみを目立たせて表示するものについては、栄養強調表示の基準は適用されないものであるが、消費者に誤認を与えないような表示をすること。』

https://www.caa.go.jp/policies/policy/food_labeling/health_promotion/business/pdf/food_labeling_cms206_20201001_01.pdf

 

「消費者に誤認を与えないような表示をすること」と記載されていますが、私には麦茶のパッケージが、むしろ「誤認」を誘っているようにしか見えません。

消費者庁が資料に、わざわざ「ポイント」として書くぐらいですから、何か取り決めなどがあるのかと思い、電話で問い合わせたのですが、特に何も無いそうです。

言ってみれば、食品事業者の自由です。

 

これを、どのようにお考えになりますでしょうか。

制度の網の目を通り抜けて、合法な範囲で消費者を騙している事例と考えられませんでしょうか。

 

日本中でこの製品をミネラルが多いものと認識して購入している消費者がたくさんいることでしょう。

実際にネット上で、この製品がミネラル補給に役立つとの趣旨で書かれたものを多数見かけます。

やはり消費者は、正しい情報を見抜く力が必要です。

また、製造メーカーも、このようなことはすべきでないと思います。

繰り返しますが、合法です。

何の規制にも抵触しません。

しかし、これは真っ当な食品企業のあるべき姿勢だと言えるでしょうか。

 

 

本日の投稿では、栄養強調表示について書きましたが、それ以外の要素についても隠れた問題点はたくさんあります。

消費者の方々には、是非「なんとなく」で商品を選ばず、その製造メーカーの「ものづくりの姿勢」のようなものを感じ取っていただき、商品選びに活かしていただければと思います。

 

手前味噌ですが、ミネラルに関して書いた下記投稿も、ご興味あればご一読下さい。

konbudoi4th.hatenablog.com

 

「無添加」の問題点

 

意外に思われるかも知れませんが、こんぶ土居は自社の製品づくりに「こだわり」という言葉を一切使いません。

商品パッケージや印刷物、公式サイトやオンラインストア含め、この言葉は全く見当たらないはずです。

本来「こだわり」とは、誰かが何かに執着している状況を指すことばですから、優劣とは何の関係もありません。

私共では、手前勝手な「こだわり」などに執着するつもりは毛頭ありませんで、根拠を伴った「良い」食品づくりや、情報発信を続けていきたいと思います。

 

 

他にも、「うまみ」という言葉も、できるだけ使わないようにしています。

その理由は単純、昆布の味と「うまみ調味料」の味の線引きが曖昧になるように感じるからです。

単純に「うまみ」を増強したければ、昆布など使う必要は全くなく、うまみ調味料を入れれば解決する話です。

 

 

そしてもう一つ、一切使わない言葉。

それがタイトルの「無添加」です。

こんぶ土居では、全製品について食品添加物を一切使用していません。

それなのに、「無添加」と謳わないのは、この言葉の「使われ方」に大いに疑問を感じているからです。

 

 

実は、行政も似た問題意識を持っているようで、いずれ制度によって規制される見込みです。

食品添加物の不使用表示に関するガイドライン」というもので、情報がまとめられています。

資料のリンクを貼っておきますので、ご一読いただければと思います。

https://www.caa.go.jp/policies/policy/food_labeling/food_sanitation/food_additive/assets/food_labeling_cms204_220701_03.pdf?fbclid=IwAR37lnUV44TywFOYj67bxiqXVR6iK2QnrHjfZulCvhWWK6c0GAR8tqtTldI

 

こちらでも書かれている通り、「無添加」という言葉は、これまで使い方に取り決めがなく、食品事業者が好きなように書いているのが現状です。

それは、消費者の「優良誤認」を招きかねないと、消費者庁は考えているようです。

上の資料では、例として10の類型を挙げて説明しています。

 

類型1 単なる「無添加」の表示

類型2 食品表示基準に規定されていない用語を使用した表示

類型3 食品添加物の使用が法令で認められていない食品への表示

類型4 同一機能・類似機能を持つ食品添加物を使用した食品への表示

類型5 同一機能・類似機能を持つ原材料を使用した食品への表示

類型6 健康、安全と関連付ける表示

類型7 健康、安全以外と関連付ける表示

類型8 食品添加物の使用が予期されていない食品への表示

類型9 加工助剤、キャリーオーバーとして使用されている(又は使用されていないことが確認できない)食品への表示

類型 10 過度に強調された表示

 

 

私共の業界の製品にも、場合によっては良い影響が出るかもしれません。

例えばダシの世界。

これまでは「化学調味料無添加!!」とパッケージに大きく謳われた製品が多く存在しました。

その一方で、類似の効果をもたらす酵母エキスやたんぱく加水分解物、他のエキス類などのうま味調味料は使われている場合が多いものでした。

しかしこれは、上記の類型5に抵触するように思います。

実際に例として、『原材料として、アミノ酸を含有する抽出物を使用した食品に、化学調味料を使用していない旨を表示』と書かれています。

 

そもそも、現在は「化学調味料」という呼び方は、公的には存在しないことになっています。

代わりになる言葉は「うまみ調味料」です。

これは、類型2に関係します。

 

こんぶ土居でも「化学調味料」という言葉を使って何かを表現することがありますが、今後は「うまみ調味料」で統一する方向で進めたいと思います。

これによって、酵母エキスやたんぱく加水分解物、各種エキス類も包括的に表現することができますので。

 

上記の類型9では、加工助剤やキャリーオーバーについても記載されていますが、これについては、私の過去のブログでも書いています。

表示を免除されるもの②キャリーオーバー - こんぶ土居店主のブログ

表示を免除されるもの③加工助剤 - こんぶ土居店主のブログ

 

 

こういった制度変更は、言わば「制度の抜け道」「法の網目」を突いた製品への問題意識から始まっているのだと思います。

これまでも、そしてこれからも、狡賢い食品生産者は上手に消費者を欺きますから、注意が必要です。

実際に、そんな製品が溢れているのです。

次回の投稿では、具体的な製品事例を挙げ、注意が必要であることをご理解いただければと思います。

 

 

冒頭に、こんぶ土居が使用しない言葉について書きました。

ついでに申し上げますと「コンプライアンス」という言葉も、あまり好きではありません。

この言葉は「法令順守」と訳されますが、「法に合致していれば良い」という考えであるから、その抜け道を探すことになるのでしょう。

そんなことでなく、自らの良心に従って製品づくりをしているメーカーもたくさんありますから、違いをご理解いただける方が多くなれば嬉しいです。

 

イシイのミートボール

昆布屋が書くブログに、不思議なタイトルですが、本日はミートボールについて書きます。

f:id:konbudoi4th:20220217205040j:image

 

ある年齢層以上には、往年のCMソング「♪イシイのおべんとくん、ミートボール!♪」でお馴染み、石井食品のミートボール。

過去から、中身が少しずつ変化してきていることをご存知でしょうか。

f:id:konbudoi4th:20220217205048j:image

以前の製品から、どんどん原材料をシンプルにしていっているのです。

その歴史が石井食品のウェブサイト上で公開されており、ある食品企業が、ひとつの理念の元に進んだ道の軌跡を見るようです。

item.directishii.net

 

現在のイシイのミートボールの原材料は、下記のとおりです。

【原材料】 鶏肉、たまねぎ、つなぎ[パン粉(小麦を含む)、でん粉]、砂糖、しょうゆ(大豆・小麦を含む)、しょうが汁、食塩、醸造酢(小麦を含む)、なたね油、ソース[砂糖、トマトペースト、醸造酢(小麦を含む)、みりん、しょうゆ(大豆・小麦を含む)、でん粉、食塩、香辛料]

 

一切の食品添加物が使用されていません。

アミノ酸酵母エキス、各種エキス類などの、うまみ調味料も含まれていません。

どの原材料を取っても、家庭の台所にあるものばかりです。

普通のスーパーで売られているもので、こういった製品は、もはや非常に稀で貴重な存在です。

 

 

最寄りのスーパーへ行って、実物を買ってきたのですが、ついでに比較品も調達してきました。

同じカテゴリーに属する、丸大食品の「楽しいお弁当 トマトソース味ミートボール」という製品です。

こちらの原材料は、下記の通り。

鶏肉(国産)、たまねぎ、パン粉、砂糖、トマトケチャップ、食塩、しょうゆ、マヨネーズ、香辛料、チキンエキス、ポークエキス/調味料(有機酸等)、加工でん粉、ソース〔トマトケチャップ、砂糖、野菜ペースト、発酵調味料、しょうゆ、水あめ、醸造酢、りんご、食塩、トマトエキス、果糖ぶどう糖液糖、酵母エキス/増粘剤(加工でん粉)、調味料(アミノ酸等)〕、(一部に卵・乳成分・小麦・牛肉・大豆・鶏肉・豚肉・りんご・ゼラチンを含む)

 

こちらは様々な食品添加物に加え、家庭の台所にはない原材料がたくさん使われています。

トマトでない、「トマトエキス」とは一体なんでしょうか。

 

 

両製品を食べ比べてみたのですが、イシイのミートボールは非常に優しい味わいです。

主原料が肉ですし、うまみ調味料など使わずとも、何も不満に感じません。

そもそも、家庭で手づくりすれば、こんな材料になるでしょうから、不満が無くて当たり前です。

それに比べ丸大の製品は、少しアグレッシブな味に感じられますでしょうか。

うまみ調味料由来の、いつまでも舌に残り続ける後味も特徴的です。

 

 

価格も比較してみましょう。

ソースを除いた固形分の重量を基準にして、最寄りのスーパーでの販売価格と内容量を記載します。

(イシイ)75g 108円 (1.44円/g)

(丸大)36g 66円 (1.88円/g)

つまり、イシイのミートボールの方が安いのです。

 

 

これを見て、少しショックに感じています。

そもそもミートボールは子供さんが主に食べるものでしょう。

親が買い与える際に、少しでも子供の健康を願う気持ちがあるのなら、普通は食品添加物の無い方を選びませんでしょうか。

しかし、丸大食品の製品も普通に並んでいるということは、買っていく消費者が多いということです。

しかも、「価格はそちらの方が高いのに」です。

 

 

なんだか嘆かわしい気持ちになります。

多くの消費者が、自分が食べるものに対して深く知ろうとせず「なんとなく」で選んでいることの顕れでしょう。

イシイのミートボールのウェブサイト上には、下記の一文があります。

『素材の美味しさを活かすため、「引き算」の考えのもと製品作りを行っています。』

子供の正しい味覚を育てるためにも、アミノ酸酵母エキス、各種エキス類で強力なうまみを付与したものなど、あまり与えない方が良いように思うのですが。

どの製品を選ぶのも個人の自由ですが、少しでも多くの方が、「正しい理解」のもとに食品選びをされることを期待したいです。

 

 

イシイのミートボールのパッケージには、大きく「無添加調理」と書かれているのですが、次回の投稿では、「無添加」という言葉が含みがちな問題点について書きたいと思います。

f:id:konbudoi4th:20220217205112j:image

(了)

だしの「定義」がずれていく

家庭でだしを取る人の割合がどんどん少なくなる今、代わりに多く使われるようになったのが「だしパック」と呼ばれる製品です。

「だしパック」は顆粒だしと違い、自分でだしを取っている気になるのでしょう。

しかし、昔ながらのだしパックと違うタイプの製品がどんどん増えていることを、御存知でしょうか。

 

 

固有名詞を出して恐縮ですが、例えば、非常に人気で使っておられる方も多い「茅乃舎だし」。

人気だと言うことは、多くの方の支持を集めているということですから、何も問題は無いのです。

しかしながら、昔ながらのだしパックとは、違った分野の製品だと言えるかと思います。

 

 

例えば私共で製造しておりますだしパック製品の原材料は、「昆布、鰹節」の二つだけで構成されています。

ただ、私共の製品が特別だと言うわけでは決してなく、以前はどこのメーカーのものも、こんなタイプでした。

つまり、昆布、鰹節、煮干し、干椎茸、といった自然のだしの素材を不織布などに詰めたものこそが、「だしパック」であったわけです。

 

改めて「だし」とは何かということを再確認するために、辞書を参照してみたところ、こんな説明がなされていました。
【「出し汁」の略。かつおぶし・こんぶ等を煮出して、料理のうまさを増すのに使う汁。】

しかし、前述の茅乃舎だしの原材料は、下記の通りです。

 

風味原料[かつお節、煮干しエキスパウダー(いわし)、焼きあご、うるめいわし節、昆布]、でん粉分解物、酵母エキス、食塩、粉末醤油、発酵調味料

 

辞書の説明から逸脱するものが、ずいぶんたくさん含まれていますね。

これは、言ってみれば、だしパックでなく「スープのもと」的かと思います。

昔ながらのだしパックと違うところは、まず、うまみ調味料が入っていることです。

酵母エキスがそれに該当します。

気になるのは、パッケージおもて面に大きく「化学調味料、保存料、無添加」と書かれているところ。

酵母エキス使用に問題が無いとするのなら、化学調味料を問題視する理由が不明ですが、こういった製品は非常に多いものです。

また、粉末醤油などが入っていることも、やはり「だし」ではなく「スープのもと」的だと思う理由のひとつです。

煮干しエキスパウダーという原材料も使われているようですが、エキスとだしの違いについては過去投稿をご参照下さい。

konbudoi4th.hatenablog.com

 

改めて申し上げますが、こういった新しいタイプの製品も、多くの方の支持を集めて販売量を増やしているわけですから、特に何の問題があるというわけでもありません。

しかし、「スープのもと的だしパック」が多くなり利用者が増えると、それが徐々にだしパックのスタンダードになって来ているようにも思うのです。

 

私が気になるのは、その結果として昔ながらのだしの味が分からない人が増えているのではないかということです。

実際に、昆布と鰹節から取っただしの味を見て、「味があまり感じられない」との感想を持つ方が多いようです。

それも当然。

「スープのもと的だしパック」の味に慣れ親しんだ方には、酵母エキスなどのうまみ調味料も粉末醤油も入っていないものの味が弱く感じられることでしょう。

 

 

こういった製品は、言ってみれば、「顆粒だしのもと」と「昔ながらのだしパック」のハイブリッド的製品です。

顆粒だしと昔ながらのだしが違うことは、なんとなくであったとしても多くの方がご存じでしょう。

しかし、「スープのもと的だしパック」を使って料理する際、「だしを取っている」という認識でいる方も多いように思います。

この認識によって、昔ながらの素材と手法でだしを取ることと、スープのもと的だしパックを使うことが、同一視されていくように思います。

 

 

これが、タイトルにした、「だしとは何か」という「定義」に影響するのではないかと危惧する理由です。

つまり、意外に多くの方にとって「だし」とは既に、茅乃舎だし的な味のついたもののイメージなのかも知れません。

私共のような伝統的なだしを仕事にする者には、大きな逆風のひとつです。

 

製品の素性を見分けるためには、やはり最低限必要なことは、原材料表示を読むことです。

表示義務の有無で、それとて十分ではありませんが、多くの方が食品の「製法と原材料」に関心を持っていただき、違いを理解してお求めくださることを期待したいものです。

今後、私共の製品を「スープのもと的だしパック」と比較して「あまり味が無い」と感じられる方がどんどん増えてくるようにも思います。

しかし、そんな逆風に負けず、本来のだしの「定義」から逸脱しない製品づくりを粛々と続けます。

また、ご理解いただける方が一人でも多くなるよう、情報提供にも力を入れたいと思います。

konbudoi.shop-pro.jp

 

原材料表示の免除規定について書いた過去投稿も、ご一読下さい。

表示を免除されるもの① 原材料の原材料 - こんぶ土居店主のブログ

表示を免除されるもの②キャリーオーバー - こんぶ土居店主のブログ

表示を免除されるもの③加工助剤 - こんぶ土居店主のブログ

表示を免除されるもの④栄養強化目的 - こんぶ土居店主のブログ

 

『60℃で1時間』なんて、気にするな - 昆布だしの取り方 -

 

2002年の事であったようですが、大学の研究者と、日本料理アカデミーという料理人さんの集まりが、昆布だしの理想の引き方について研究されました。

その研究の結果、昆布を60℃の湯の中で一時間煮出した場合、溶出したグルタミン酸量が最大になるというデータを得たようです。

以後、この方法が昆布のだしの取り方の理想として語られることが多くなりました。

その当時から、既に20年近くの歳月が流れていますから、御存知の方も非常に多くなっています。

 

本日の投稿は、「この研究結果にどう向き合うか」というテーマです。

決して悪い方法では無いですし、実際に美味しいダシが取れるのですが、懸念される事柄も内包しています。

以下の4段落に分けて、順にご説明したいと思います。

①プロの料理人さん、厨房での実際

グルタミン酸だけを評価軸に据えることの問題点

③昆布や、伝統的な日本の出しの真の価値を見誤らないか

④家庭料理への悪影響の懸念

 

まず、

①プロの料理人さん、厨房での実際

60℃で一時間の話は、なにしろ有名ですから、よほど不勉強な人でなければ料理人さんは皆ご存知です。

ですので、この方法を採用される方も非常に多いですが、その一方で、皆が採用しているのかと問われれば、答えは「否」です。

「60℃で一時間」の話を知っていても、違う方法を取られる方が多く存在するのです。

一晩昆布を水に漬けてから加熱する方もあれば、完全に水出しだけで対応されるお店もあります。

つまりこれらの方々は、「60℃で一時間の方法を試したけど、イマイチ」と感じたということになります。

グルタミン酸が最大量になっているはずなのに、どうしてそのような感想になるのか。

これこそが食の世界の奥深いところです。

その理由については後述しますが、データからの結論通りに味を認識していない料理人さんが多くおられる現状だけ、まず把握していただければと思います。

 

 

グルタミン酸だけを評価軸に据えることの問題点

「昆布のおいしさの要素の中で、代表的なものはグルタミン酸である」。

これは、その通りでしょう。

しかし、それはあくまでも、代表的なものがグルタミン酸であるだけで、「昆布の味 = グルタミン酸の味」でないのは、ご理解いただけるかと思います。

 

そもそも、昆布だしを引くことの目的がグルタミン酸の抽出にあるのなら、だしの中のグルタミン酸濃度を高めることなど、造作もないことです。

単純に、使用する昆布の量を増やせば良いのです。

それだけで、だしの濃度は上がり、つまりグルタミン酸濃度も上がります。

であるなら、品質の良くない、味が弱い昆布であったとしても、量さえたくさん使えば問題ないということになりませんでしょうか。

 

しかし、そんな簡単な話ではないのは、一流の料理人さんや美味しいものずきの方が、高価であっても良質な昆布を求められることを考えれば分かるはずです。

これは、グルタミン酸以外の成分が関係しています。

昆布は自然の産物ですから、そこに含まれる成分の全てが人間の味覚に好ましいものであるという都合の良い話はないでしょう。

例えば、「苦み」「渋味」「酸味」など、昆布だしとして求められていない「マイナスの要素」も、いくらかは存在しているはずです。

当たり前ですが「プラスの要素は多いが、マイナスの要素が少ない」ものが良いわけです。

 

前述のように、マイナスの要素には「苦み」「渋味」「酸味」など様々あるのに、プラスの要素にはグルタミン酸だけが関係している、そんなはずは無いでしょう。

その他、様々な成分が味覚に影響を及ぼしていることは、成分分析などせずとも直感的にご理解いただけるかと思います。

つまり、『60℃で1時間』は、グルタミン酸以外の、他の多くの要素について一切考慮されていないところが大きな問題点だと言えます。

 

日本では、他の食品の分野でも、短絡的な味の評価軸が設定されてしまうことが多々あることを残念に思います。

例えば、糖度に偏重して果物の品質を測る現状。

甘いこと自体は決して悪いことではありませんが、そんなに甘さばかりが大切なら、砂糖でもかけて食べれば済む話ですね。

 

 

③昆布や伝統的な日本の出しの真の価値を見誤らないか

②に関係する話ではありますが、私共では「うまみ」という言葉が独り歩きして賛美される傾向にも疑問を感じています。

それは、所謂「うまみ調味料」と伝統的なだしが混同されることを危惧するからです。

 

そもそも、昆布だしを使う目的がグルタミン酸であるのなら、現代では昆布など特に必要ないはずです。

古い時代であれば、天然の素材から抽出するしかなかったかもしれませんが、今ではグルタミン酸の粉末が安値で売られているわけですから、そちらを使った方が簡便で低コストだと言うことになります。

 

鰹節とて同様です。

鰹節のだしを使う目的がイノシン酸の抽出であるのなら、そんなもの使わずともイノシン酸の粉末を買えば良いのです。

 

これこそが、キーポイントです。

「昆布と鰹節の合わせだし」と「グルタミン酸イノシン酸の混合溶液」。

この両者の味の違いを生んでいるものは何かということです。

 

「昆布のおいしさの成分はグルタミン酸だ!」と誰かが言うのなら、それは趣旨としては昆布を賛美して下さっている場合が多いと思います。

そうだとしても、私には「そんな認識であるならば、グルタミン酸の粉末があるんだから昆布など不必要なのでは?」とも感じてしまうのです。

 

繰り返しになりますが、

「昆布のおいしさの要素の中で、代表的なものはグルタミン酸である」

なら正しいのですが、

「他の成分も大事だよ!」

と声を大にして言いたいのです。

では、その「他の成分」とは何なのか、ということになるのですが、残念ながら研究があまり進んでいないわけです。

東京帝国大学の池田菊苗氏が、昆布の味の重要成分がグルタミン酸であることを突き止めたのは、1907年のことです。

いい加減、100年以上前の話から、次のステップに進むべきだと思います。

こんな背景があって、「60℃で一時間」がグルタミン酸量のみに立脚していることを、昆布の真の価値を捉え損ねていると思うわけです。

 

 

④家庭料理への悪影響

「60℃で一時間説」。

こういった類の話は、往々にして過大に伝わります。

その結果、もし家庭の主婦の方々が「昆布は60℃で一時間煮出さないといけないもの」と認識されたとしたら、どうでしょうか。

台所で、昆布の入った鍋を60℃で一時間維持することを考えてみて下さい。

普通の方は、「なんだか難しくて面倒くさそうだなぁ」となりませんでしょうか。

少なくとも、毎日の食事の支度に気軽に取り入れられる方法で無さそうなのは明らかでしょう。

 

家庭料理と料理屋さんの料理は、別物です。

別の価値を持っていますから、優劣をつけられるものではありません。

昔と大きく様変わりし、今ではご家庭で常時だしを引く方は、かなりの少数派になってしまいました。

これは、「伝統食文化の衰退」以外の何物でもありません。

家庭料理が乱れることによる問題は、多々あるでしょう。

「食育」なんて言葉は、昔は無かったのですから。

 

グルタミン酸量の取るに足らない微妙な差を追い求めるのでなく、日常的に自然の産物からだしを取る人を増やすことの方が、よほど意義深いはずです。

プロの料理人さんはともかく、家庭の主婦に小難しいことを説明して、だし取りのハードルを上げないで欲しい。

私が最も危惧しているのは、この点です。

 

 まとめ

「60℃で一時間」は決して悪い方法ではありません。

この方法がお好みに合う方は、取り入れていただけたらと思います。

しかし、絶対的な正解だとは決して言えません。

前回投稿でもご説明した通り、昆布は水に漬けておくだけでも十分にダシが出ます。

実際に、他の団体の調査で、「60℃一時間」より「水出し」で高い分析値が出ている事例もネット上に発見しました。

 

お伝えしたいのは、「もっと気楽に自由に取り組んでいただきたい」ということです。

求める味の方向性も個人のお好みや料理によって変わるでしょう。

何℃で何分とか、そういったことでなく「お好みに合う取り入れやすい方法」、それこそが「真の正解」なのだと思います。

 

水に漬けておくだけでも昆布ダシが出る仕組みについてご説明した前回投稿も、ご興味あればご一読下さい。↓

konbudoi4th.hatenablog.com