本日は、マメ知識的な投稿ですが、過去の歴史について少し。
日本の昆布生産量は、平成初期から減り始め、今年は過去最低を更新するのが決定的です。
非常に辛い現状です。
しかし、平成の初期までは、ずっと平均して3万トンのレベルでした。
戦後からずっと安定的、大きな変動なく平成初期まで来たわけです。
それ以前の時代のデータについては、私はよく知りませんでしたが、先日「公益社団法人日本水産資源保護協会」のウェブサイトで、戦前の漁獲量データを見つけました。
https://www.fish-jfrca.jp/02/pdf/pamphlet/069.pdf
こちらの資料の4ページ目に掲載されているデータを見ますと、大正時代から、昭和初期まで、非常に生産量が多いのです。
なんと、最大の年には7万トンを超えています。
これには非常に驚きましたが、言ってみればその30年間ほどだけが異常に多く、どうしてこんな経緯であったのか、その理由に私は頭を悩ませていました。
この疑問に、先日答えを出して下さったのが、北海道大学名誉教授の安井肇先生です。
安井先生は、現在は北海道大学を定年後、北海道立工業技術センターのセンター長を務めておられますが、先日函館市役所の方々と共に私共を訪問して下さったのです。
その日は、昆布の問題についての意見交換の場であったのですが、話の中で生産量の一件について尋ねてみたのです。
安井先生は、私の疑問にあっさりと答えを出して下さいました。さすが!!
理由は、簡単に言えば「領土」です。
1875年(明治5年)の樺太千島交換条約によって、北方領土に加えて千島列島が全て日本の領土となりました。
更に、1905年(明治38年)から終戦までは、北緯50度線以南を「樺太」として日本が、領有していたわけです。
つまり、昆布の生産量が非常に多かった時代は、北海道や東北北部での漁獲だけでなく、千島列島と樺太で産する昆布も含まれていたわけです。
実はコロナ禍前に、北海道のある漁師さんと一緒に、私はサハリンに視察に行く予定にしていました。
パンデミックによって、そんな話は立ち消えとなったわけですが、北海道で天然昆布がどんどん枯渇する中でサハリンや千島列島では、今も良い昆布が繁茂しているようです。
いつか、機会があれば現地に行ってみたいものです。
実は、昆布業界の先人も同じようなことを考えて、過去にロシアにアプローチした人は多いのです。
しかし、一筋縄ではいかないお国柄ですから、ほとんどがうまくいかずに撤退する形になったようです。
昆布業界の歴史の1ページ、ロマンを掻き立てられる豆知識でした。
(了)