こんぶ土居店主のブログ

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真昆布偏愛

昆布は、産地がどこであっても品種が何でも、大切な海からの恵みですから、全てが素晴らしい食品だと思います。

ただ、他の農作物と同じように、「名産地」や「昔から特に珍重されてきた品種」があります。

本日の投稿は、そんな内容です。

 

前半は、史実を含む社会的、文化的なお話を。

そして後半には、食品としてのおいしさの分析を軸に書きたいと思います。

 

 

一般の方が、普通のスーパーや食料品店で見かける昆布の品種は「真昆布」「羅臼昆布」「利尻昆布」「日高昆布」の四種類が主でしょう。

これらには、「その品種を好む消費地域」が存在します。

 

例えば沖縄。

1980年代まで、一人あたりの昆布購入量は、沖縄県が一位でした。

しかし意外なことに、沖縄では昆布でダシはあまり取りません。

「海の野菜」として、それ自体を食べるのです。

代表的なメニューは、細切りにした昆布と他の具材を炒め煮にした「クーブイリチー」などでしょうか。

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他にも、豚肉を芯に巻いた昆布巻きなども良く食されるようです。

こういった利用法に適した昆布は、前述の4種の中では日高昆布になります。

その他、同じ適性のある長昆布なども沖縄ではよく利用されます。

実際に沖縄の市場へ行きますと、日高昆布や長昆布が大量に販売されています。

 

 

本州に目を移しまして、北陸の富山県

富山も昆布文化の色濃い地域で、現在では消費量データを見ると、全国一位です。

この富山で盛んに使われるのが「羅臼昆布」です。

これには史実も大きく関係しています。

羅臼地方の大規模開拓は、江戸末期の安永年間に始まるのですが、その際、富山県から5万戸以上が開拓移民として北海道に渡り、羅臼での昆布漁業の発展に大きく貢献しました。

なんと実に羅臼町民の7割以上が富山県にルーツを持つ方だと言われています。

こんな歴史もあって、現在でも富山県羅臼昆布の消費や流通に大きな役割を果たしています。

 

 

新旧の消費量1位県のエピソードをご紹介しましたが、こんな内容も踏まえまして。

大まかで乱暴な分け方ですが、昆布の各品種と、それを特に好む土地柄の関係は、ざっと次のような感じです。

●日高昆布と沖縄

羅臼昆布と富山

利尻昆布と京都

●真昆布と大阪

 

このような結びつきは、非常に興味深いものです。

各地の食文化と、それに合った品種の昆布が使われてきた面があるのでしょう。

しかし、前述の4品種。

名前に、少し違和感を感じられませんでしょうか。

羅臼」「利尻」「日高」、これらは全て地名です。

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この流れでいけば、函館近郊の道南地方で産出する真昆布は「函館昆布」とでも呼ばれるべきものでしょう。

しかし、なぜか先人は、そう呼ばずに「真昆布」と命名したわけです。

産地名を冠することなく「真(まこと)の昆布」と呼んだ、このあたりに、先人が真昆布を他品種と分けて別格視していたことが伺い知れませんでしょうか。

 

 

実際に、この真昆布への特別な評価は「献上品」にも見ることができます。

江戸時代から、蝦夷地を治めた松前藩が朝廷や将軍家に上納する際には、常に真昆布が指定されてきたのです。

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(昭和初期の、献上昆布乾燥の風景)

その真昆布を、江戸時代中期以後は、大阪が独占に近い形で流通させるのですが、これには、有名な北前船のストーリーが関係しています。

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この図は、「西廻り航路」と呼ばれる、江戸中期の北海道の産物を運んだ交易船の航路です。

ご覧の通り、言わば終着駅が大阪であったのです。

西廻り航路を、今では「昆布ロード」と呼ぶこともあり、「天下の台所の、だし文化」に大きな役割を果たすことになりました。

品質の良い真昆布が、ほとんど大阪で消費され、全国的な流通が無かったのには、こんな歴史が関係しているわけです。

北前船の影響は非常に大きく、現在でも昆布文化の色濃い地域を見れば、そのほとんどが北前船の寄港地であった場所です。

 

こうして、日本の昆布流通の中心地となった大阪ですが、その名残は現代にも見ることができます。

例えば、あらゆる業界団体の本部は、ほぼ必ず東京にあるものです。

しかし、日本唯一の昆布の業界団体「日本昆布協会」の所在地は大阪です。

また、私共のような「昆布専門業者」が無数に存在したのが大阪で、その数は他県と文字通り桁が違うほどです。

昆布文化が濃くない地域では、乾物を扱う業者が「昆布も」売っている、そんな場合が非常に多いものです。

 

 

 

さて、歴史のお話しや、社会的文化的なことについては、これぐらいにして、ここからは、食品としての味覚的な違いを軸に書きたいと思います。

 

味については、お好みも関係して難しいのですが、言わば「公的見解」をご紹介します。

 

前述の「日本昆布協会」発行の業界向け情報冊子「昆布手帳」には、代表的な4品種の特徴を、以下のように書かれています。

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(冊子記載の順に)

●真昆布(白口浜天然元揃)

表皮は褐色で切口は白い。

だし汁の清澄さ、味わいの上品さから、最高級の昆布といわれている。

(以下、土居の注釈)

本日のブログのタイトルは、「真昆布偏愛」で、私が大阪の昆布屋として真昆布の価値を多くの方にご理解いただきたく書いているわけですが、「昆布手帳」内でも、真昆布が「最高級の昆布」となっています。

他の銘柄には、この「最」の文字がありません。

説明にあるように、味の傾向としては「上品で強いうまみ」と言えるかと思います。

例えば、だしを取るときには、所謂うまみ成分が多く含まれている必要がありますが、主たるうまみ成分のグルタミン酸量を見ると、羅臼昆布に次ぐ含有量を誇ります。

また「だし汁の清澄さ」と記載されている通り、色がつかず透き通った美しいだしになるところも特筆すべきところでしょう。

うまみ成分が多くとも、同時に雑味が多いのであれば好ましくありませんが、それについても「味わいの上品さ」と表現されています。

 

●みついし昆布

色は濃緑に黒みを帯びている。

だし昆布として多く用いられ、コクのある味で広く知られている銘柄のひとつ。

(以下、土居の注釈)

みついし昆布とは、日高昆布の正式名称です。この品種が日高地方で多く産出することから、日高昆布とも呼ばれるわけです。日高昆布の説明では、特に高品質であることを謳った文言は読み取れないものの、前述のように野菜感覚でそれ自体を食べる際には、食感も良く、他の昆布に無い魅力を発揮します。私共でも、昆布巻製品の原料として使用しているのは日高昆布です。

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●りしり昆布

表皮は黒褐色で真昆布に比べ硬い感じがする。

だし汁は清澄で香り高く、特有の風味が喜ばれる高級品。

(以下、土居の注釈)

利尻昆布については「だし汁は清澄で香り高く」と記載されている通り、濁りのない美しいだしになる場合が多いものです。

風味もくせがなく、上品な味わいだと思います。

ただ、うまみ成分の含有量で見ますと、先の真昆布や次の羅臼昆布に比べると少なく、少し厚みが弱いだしになりがちです。

 

羅臼昆布

表皮の肌色から黒口と赤口に区分される。黒口は半島突端寄り、赤口は半島南端寄りに比較的多い。

味が濃く、香りがとても良く名品の誉れ高い品。

だし汁が濁る欠点があるも人気が高く、道南の元揃に匹敵する高級銘柄。

(以下、土居の注釈)

羅臼昆布の説明には、「味が濃く」と書かれている通り、最も素晴らしい点は味わいの濃厚さでしょう。

グルタミン酸含有量で見ますと、他の銘柄を凌ぎます。

記載されている通り、だし汁が濁りがちな欠点はあったとしても、料理によってはそれが気にならない場合も多々あるかと思います。

「道南の元揃に匹敵する」と書かれていますが、道南の元揃とは真昆布のことです。

実際に、古くから真昆布と羅臼昆布は高級昆布の双璧で、他の品種とは一線を画す同じような高価格帯で取引されてきました。

 

 

以上が、昆布手帳の情報を元にした、各品種の味覚的な違いです。

良い昆布が備えているべき強いうまみと、雑味の少なさ、濁りの無い美しさ、それらを兼ね備えた真昆布の価値が、なんとなくご理解いただけましたでしょうか。

 

ただ注意すべきことは、この名声が獲得されたのは、かなり古い時代のことである点です。

その時代と現代で大きく異なることは、養殖昆布の存在です。

献上品に指定されたり、「真」の昆布と名付けられたり、そんな時代には養殖昆布は存在しません。

日本で養殖技術が確立されたのは昭和40年代です。

残念ながら、今の時代の「真昆布」は、ほとんどが養殖物なのです。

養殖昆布が悪いということでは決してありません。

しかし、天然昆布と明確に品質は違います。

また、養殖昆布には、天然昆布同様に二年かけて育てる「二年養殖」と、一年で出荷する「一年養殖(促成栽培)」があることも注目すべきでしょう。

近年、環境の悪化から天然真昆布が採れなくなって、道南地方の真昆布の生産量内訳は、ざっと以下のような割合でしょうか。

●天然真昆布  ほぼゼロ

●二年養殖真昆布 5%以下

●一年養殖真昆布 95%以上

つまり、「真昆布」と言えば、一般市販品は、ほとんどが一年養殖真昆布なのです。

一年養殖の昆布も決して悪いものではないのですが、それを見て真昆布の真価を理解したことにはなりません。

二年養殖であれば、天然昆布と比較的近いと言えるかと思います。

 

また、同じ真昆布でも採取地によって、品質差が意外に大きいものです。

これは古くから「浜格差」という言葉で表現されてきました。

 

長々と書いて参りましたが、本日の投稿は、地元大阪でも正しく理解されているとは言い難い真昆布の価値を、改めて知っていただきたいと思ってご紹介するものです。

本年開設を予定している「大阪昆布ミュージアム」も、「昆布の一般的なこと」と言うより、その名の通り「北海道の昆布と"大阪の"伝統食文化の関り」についてご紹介し、体験して頂く場です。

かつては、大阪名物と言えば昆布であったことなど、地元でも高齢者以外はほとんど誰も知らない現状。

分かりやすく情報発信ができる場所にしたいと思います。

 

冒頭にも書きましたが、全ての産地の全ての品種が、各地域の食文化に根差した素晴らしい昆布であるわけですが、その中でも歴史的に特に珍重されてきた真昆布の価値を多くの方にご理解いただけることを願っています。

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(献上昆布たる最上品位の真昆布の産地、川汲浜と、大阪の業者の売買契約を示す古い証文。大阪昆布ミュージアムでも展示致します。)

(了)