こんぶ土居店主のブログ

こんぶ土居店主によるブログです。お役に立てれば。

【大豆 vol.3/3】「 だし」とプラントベースの関り

さて、前回の続きです。

大豆の話を書いていて、それが「だし」と何の関係があるのだと感じる方もあるかと思いますが、意外に関連性があるようです。

例えば、「だし」や「スープ」のようなものを用意する際、日本では伝統的に昆布や鰹節、煮干しなどが利用されてきました。

その中には所謂「うまみ成分」と呼ばれるものが含まれるわけですが、アミノ酸の味が大きく関わっています。

 

基礎知識をおさらいしておきますと、人間の生命を維持する上で最も大切な栄養素、所謂「三大栄養素」のひとつに、たん白質があります。

たん白質には、味があまりありません。

それに対して、たん白質が分解されてできる「アミノ酸」は、強いうまみを呈することが多いです。

 

味噌や醤油も、その一例です。

これらの伝統調味料は、大豆に多く含まれているたん白質を発酵の力を利用してアミノ酸に変えて豊かな味を生んでいる、と捉えることもできます。

 

ただ味噌や醤油は、その独特の風味が料理によっては求められていない場合もあるでしょう。

たん白質を分解してアミノ酸を取り出す別の方法として、塩酸や酵素による分解が挙げられます。

これは言ってみれば、うまみ調味料のひとつである「たんぱく加水分解物」に近いものです。

うまみ調味料の技術革新は目覚ましいものがありますので、動物性の素材を使わずとも、大豆たん白質の分解物を利用して、ある程度のレベルのものを作りだすことができる技術が培われているようです。

 

 

 事例をご紹介します。

 全国的に店舗を持つ「一風堂」というとんこつラーメン屋さんがあります。

私は、昔は結構ラーメンが好きだったものの、今ではなぜかあまり惹かれず全く食べなくなりましたが、先日、勉強のために食べに行ってきました。

何の勉強かと申しますと、純植物性ラーメンを体験しに行ったのです。

とんこつラーメンのお店なので、本来は豚が大切な材料であるわけですが、一切の動物性原料を使用せず、とんこつラーメン的なものを作ったというニュースを目にしたのです。

「プラントベース赤丸」と名付けられていました。

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 麺には卵なし、スープにも豚を使わず、チャーシューのように見えるものも大豆ミート、そんなラーメンです。

見た目は、とんこつラーメンとは少し違うでしょうか。

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味も、トンコツそっくりというわけではありませんでした。

 しかし、大切なのは、そこではないのです。

当日私は、ノーマルの「赤丸」と呼ばれるとんこつラーメンと、この「プラントベース赤丸」を一杯ずつ、計二杯食べました。

 

比較して分かるのは、「プラントベース赤丸」は、とんこつラーメンとは異質のものであったとしても、一杯のラーメンとして考えたときの満足感に大差がないということです。

とんこつラーメンだと思って食べてしまうと、「こんなのはとんこつラーメンではない!」という反応になってしまうかと思いますが、「とんこつラーメンと共通要素を持つ、新しいジャンルのラーメン」と捉えてしまえば、特に不満のないものでありました。

明確な製法はよくわかりませんので、その部分は少し警戒心を持って見るべき部分であるかと思います。

それでも、多くの人に普通の満足感を与えるであろうラーメンが、トンコツどころか、動物性の素材を一切使わずに作ることができるのは、大きな驚きでした。

宗教上の理由によって豚肉が食べられない人もいますし、ヴィーガンの方々向けであったり、一風堂が「プラントベース」のラーメンを作ったことは、こんな背景もあるようです。

 

 

それはそれとして。

今後もこれまで通り、日本の伝統的な食材でだしを取れれば良いのですが、それに逆風が吹き始めています。

例えば、日本のだしに大切な役割を果たす鰹節が直面している課題は、下記のようなものでしょうか。

 

① 原料魚の資源が乱獲等によって枯渇傾向にあること

② 昔ながらの家内工業的に小規模で製造されることが多く、労働生産性が低く製造コストがかかること

③ 加工業者の高齢化に伴い、作り手が少なくなっていること

④ 魚類の加工品として、世界的に通用する高度な衛生基準をクリアするのが簡単でない

 

これら①~④について、大豆を加工してうまみ調味料的なものを製造する場合は

① 大豆は大量に栽培することができるので、安定供給が可能

②③ 大規模な工場生産が可能なので労働生産性が高く、安く大量の製造に問題なし。

④ 植物性なので、求められる衛星管理基準が漁獲物よりも低い

 

このように、鰹節が抱える問題を、簡単にクリアしてしまいます。

一方で懸念事項としては、安全性に関するものと、文化の無い味の画一化でしょうか。

 また前回のブログで書いたように、時代とともに肉食忌避の方やヴィーガンの方々が増えていることも、煮干しや鰹節のだしの衰退につながるように思います。

 

このように考えますと、大豆を使った新しいタイプのスープには、大きな未来が開けているように思います。

特に普通の加工食品には、こういった成分が頻繁に使われることになるでしょう。

それに対し、日本の伝統的なだし文化の衰退傾向は、しばらく止められないような気がします。

昆布は動物性食品ではありませんが、生産に関する背景は同じです。

 

 

衣食住で考えた際、「食」以外の、「衣」と「住」についてもそうですね。

私たちは日本人であるのに和服をほとんど着ませんし、伝統的な日本家屋に住んでいる日本人の割合は決して多くはないはずです。

こう考えると、日本の伝統食文化も、私たちの生活の基本というよりは、「食の一分野」になっていくようにも思います。

 

それでも、私は是非、日本の伝統のだしの良さを知ってもらいたいです。

日々の生活に、どれぐらいの頻度で、どれぐらいの深さで取り入れるのかは、個人個人で決めれば良いことですが、なにしろ日本のだし文化は世界中で評価されている素晴らしいものです。

自分が生まれ育った土地の、非常に優秀な食文化を十分知らないまま、というのは如何にも悲しい話ですね。

逆風ばかりで見通しは明るくありませんが、日本のだしの美味しさと価値を多くの方がご理解下さることを願っています。

 

良い昆布でも良い鰹節でも、今なら普通に手に入ります。

その状況は、果たして数十年後に、どうなっているのでしょうか。

長く世代を越えて受け継がれていくよう、豊かな自然を守ることを大切にしたいと思います。

 

 

【大豆 vol.2/3】 大豆ミートと、肉食忌避への危惧

 

様々な理由によって「肉を食べたくない」人がいます。

その先に、「肉でない肉のようなもの、を食べたい」という、変わった欲求が出ることがあります。

 そんな要望に応える「大豆ミート」の需要が高まっています。

 味や食感も進化し、肉とそっくりというわけではないにしても、かなり近いところまで来ているようです。

 

前回のブログ投稿では、『 大豆、未来を支える奇跡の豆』と題し、未来の食糧を考える上での大豆の素晴らしさについて書きました。

 本日は、大豆を原料とした代替肉が必要とされる背景と、疑問点についても考えたいと思います。 

  

 

肉食を避ける方がいて、そう考える理由として挙げられるのは、ざっと下記のようなものでしょうか。

 ●宗教的な理由

●酪農による環境悪化を避けるため

●肉食をやめることによって生まれる世界の食糧生産の余裕のため

●健康上の問題

●肉食忌避

 

 

肉を食べるも食べないも個人の望み通りにすれば良いのですが、最後の 『肉食忌避』については、少しデリケートな問題です。

 

「肉食忌避」は、ヴィーガンデビューする方々の動機のひとつです。

つまり、「動物を殺したくない」のです。

 『ギルトフリー(直訳すれば「罪悪なし」)』という言葉があります。

意味に幅があるようですが、「動物性食品を食べない」ことをギルトフリーと呼ぶこともあるようです。

しかし、これは微妙ですね。

 

動物を大切にする気持ちは尊いもので素晴らしいと思いますが、その一方で、動物性の食品を食べないぐらいで「ギルトフリー」なはずないのです。

例えば、葉を茂らせて少しずつ栄養を蓄えて地中で丸々と太り、間もなく花をつけて種を結ぼうとする大根。

それを引っこ抜いて食べること。

なんとも残酷で罪深いことです。

結局、人間の本質は「ギルト」に溢れています。

つまりギルトフリーは「罪悪なし」でなく「罪悪感なし」なだけで、絶対的な意味合いでなく主観です。

 

ですので、個人的に動物を食べないことは自由ですが、そちらの方が優れているという認識に立つのは好ましくないように思います。

しかし実際には、ヴィーガン的ライフスタイルを人に勧める方もたくさんいますね。

 

 

私は子供の頃は、肉がとても好きでした。

昔ほどではないにしても、今でも好きです。

少年男子は、とにかく肉が好きな子が多いですが、それはつまり体が強く求めているということでしょう。

こんな状況を考えると、健康な暮らしに栄養面でも、肉が必要ないという考え方には疑問を感じざるを得ません。

そもそも人間は雑食、犬歯もありますね。

 

 

原始の人間の暮らしを想像したとき、

●誰かが狩ってきた獣の肉を焼いている香りが漂ってきたり

●誰かが浜辺でアワビやサザエやウニを見つけて獲ってきたり

そんな光景を「美味しそう」と思うのでなく、「かわいそう」だと見る感情が先行するのであれば、それは少し病的であるようにも思います。

 

 

「動物を屠って喰らう」という行為を考えるとき、是非見ていただきたい映像があります。

1985年から1994年にかけてNHK教育テレビで放映された番組、『人間は何を食べてきたか』の一部です。

YouTubeにアップされているものを見つけたので、リンクを貼ります。

 

『人間は何を食べてきたか』(ドイツ人の家庭での豚屠畜と加工品づくり)

https://www.youtube.com/watch?v=2-wQucxEico&t

 

 私はこの映像を見て、ドイツで伝統的に続いてきた見事な営みに感動し、同時に、生きていた豚が肉加工品に変わる様を見ている女の子の眼差しに惹かれましたが、見る人によっては野蛮で醜いものだと感じるのでしょうか。

 

 

私は過去に、知人に頼まれて非常に大きな鰤を捌いたことがあります。

その際に、胃袋の中から未消化の大きな鯵やイカが出てきて驚きましたが、そんな光景は非常にグロテスクであまり目に優しいものではないですね。

それでも、それによって魚を食べたくなくなるのであれば、生命力が少し足りないようにも思うのです。

生きることは食べること。

動物を食べても植物を食べても、殺生に他なりません。

つまり人間にとって食料を得るための殺生は「罪悪であり、食の悦び」なのだと思います。

これらは不可分です。

ここから前者の「罪悪」を分離して取り除こうとする発想自体が、少しおかしいように思います。

パックに入ってスーパーに並んだ食品ばかりに触れている「都会的な現代人特有の精神性」の一側面である気がしないでもありません。

 

 

 「肉食は罪で避けるが、植物は食べる」という価値観は、人間による勝手な命の選別でしょう。

食事の前の「いただきます」は、決して動物にのみ向けられた言葉ではないはずです。

 人間を頂点とする食物連鎖のピラミッドでなく、日本人の見方は本来、様々な生物が丸くつながる曼荼羅の関係であるように思うのですが。

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生命誌マンダラ」(JT生命誌研究館ウェブサイトより引用)

 

 

 

大豆に話を戻しますと、日本の大豆の自給率は、わずか7%ほどだとのことです。

ほとんどを輸入に頼っているのですね。

漁業や酪農に比べて、おそらく独占的にコントロールしやすいであろう大豆。

肉食忌避の動きも、農産物のグローバル企業の策略だったりして、などと勘ぐってみたくもなります。

 こんな理由もあって、大豆ミートを手放しで礼賛する気には、まだなれません。

 

 

大豆を原料とした「代替肉」の先駆的なものは、実は古くから日本にありますね。

「がんもどき」です。

がんもどきの製法は、誰もが知るところです。

しかし、新しい代替肉は、併用される副原料のことや製法についても注視する必要があるかと思います。

 

 

次回のブログ投稿では、昆布屋として、「だし」に代表されるうまみ成分の世界と大豆の関りについて書く予定です。

日本伝統の「だし文化」に、大豆が脅威を及ぼします。

(つづく)

 

 

 

【大豆 vol.1/3】 未来を支える奇跡の豆

 

こんぶ土居製品で、原料に大豆を使用するものがあります。

「ミネラルいりこん」「ミネラルいりこんスパイシー」「昆布豆」の三種です。

後者2製品は2020年から販売を開始した製品ですので、最近こんぶ土居では大豆を多く使用していることになります。

お陰様で、どの製品も好評ですが、実はこれらの製品をつくった理由に昆布の不作も無関係ではありません。

 

 

以前からお伝えしています通り、海の環境が悪化して原料昆布の価格が高騰し、良い昆布の調達が困難になっていますから、昆布以外のもので製品を作ることに力を入れたわけです。

私共は昆布屋ですのに、なんともつらい状況です。

そんな経緯から得た感想ですが、やはり大豆はすごいのです。

 

世界人口が増え続ける中で、食糧供給は今後も常に問題になります。

例えば、酪農によって肉や乳を生産する際、家畜に飼料を与えますね。

本来の牧畜の意義は、人間が食べられないものを家畜が食べ、それが食べられるものに変わることでしょう。

人間が食べられない草を牛が食べてくれて、牛肉や牛乳が生まれるわけです。

なんとも素晴らしいことです。

しかし現代の酪農では、生産効率を上げるため、飼料として穀物などを多く与えます。

慢性的な飢餓に苦しむ国もあるのに、人間が食べられる穀物を動物に与える。

この構図は、環境破壊や地球温暖化の観点からも、酪農の問題点として度々指摘されます。

 

その一方で、動物性食品の優れているところは、たんぱく質を多く含有していることでしょう。

例えば鶏の胸肉などは、脂質はほとんどなく、炭水化物もほぼ皆無です。

つまり、純粋なたん白質の固まりのようなものです。

こんな食品は、植物性のものでは存在しません。

つまり、植物性の食品だけでは、たん白質が不足しがちになるわけです。

 

そんな植物性食品の中の例外が「大豆」です。

タイトルに「奇跡の豆」と書きましたが、大豆は不思議な作物です。

他の穀類であれ、野菜類であれ、たん白質含有量は決して多くないのが普通です。

その中で、豆類は比較的多くのたん白質を含みます。

根粒菌によって窒素固定がされるマメ科の植物の性質が関係しているのでしょうか。

 

文部科学省の食品成分データベースで栄養成分を参照可能な豆(乾物)について、三大栄養素の含有量(100gあたり)を下記に記します。

 

         【 たんぱく質 脂質 炭水化物 】

あずき               20.8g        2.0g       59.6g

いんげんまめ    22.1g        2.5g       56.4g

青えんどう        21.7g        2.3g       60.4g

そらまめ           26.0g        2.0g        55.9g

ひよこまめ       20.0g        5.2g        61.5g

レンズまめ          23.2g        1.5g        60.7g

だいず            33.9g        18.8g      28.9g

 

上記のように、どの豆も炭水化物が約55~60%を占め、たんぱく質は2割ほどで、脂質の割合は非常に少ないものです。

それに対し、最下行の大豆だけが炭水化物割合30%以下で、代わりに、脂質とたんぱく質が他の豆より突出して多いのがご理解いただけると思います。

なぜか大豆だけが、明らかに違う栄養組成になっているわけです。

これは、一体どういうことでしょうか。

 

植物性の素材で、大豆ほどたん白質を多量に含むものは、他に存在しません。

 

 

 こんぶ土居製品に大豆を利用するようになって分かったことが、もうひとつあります。

それは、「大豆は安い」ことです。

私共ので製品に使用している大豆は、当然ながら良いものを選んでいます。

大豆の専門家ではありませんので、まだ不十分なところもあるかもしれませんが、当然国産品ですし、特別栽培で素性の把握できるものです。

 

こういった大豆でさえ、その仕入れ価格に驚きます。

分けてくださっている方の特別なご配慮もあるのですが、とても安いのです。

私共の大豆の仕入れ価格にゼロをひとつ足したとしても、昆布の仕入れ価格に遠く及びません。

昆布が高すぎると見ることもできますが、あまりの安さに驚きました。

 

私共で仕入れる良い大豆でそれですから、例えば輸入品の遺伝子組み換え大豆などは、タダ同然の価格なのではないかと想像します。

スーパーで安売りされている豆腐などの大豆製品の異常な安さを、以前から不思議に思っていましたが、こんな理由もあるのですね。

農家さんが大豆を生産するのに、恐らくそれほどコストがかからないということでしょう。

生産方法に、機械化が進んでいるのかも知れません。

 

因みに、大豆が主たる原材料のこんぶ土居製品「昆布豆」は140g入りで300円で販売しています。

昔から製造してきました昆布佃煮製品の「椎茸入り」と「山椒入り」は、80gで700円です。

使用している昆布の品質は同じではありませんが、豆を利用した製品が、いかに安価に製造できるかがご理解いただけるかと思います。

昆布はやはり、贅沢品ですね。

 

人口増加が続く世界。

「大豆が世界を救う」、そんな表現も大げさではないのかも知れません。

大豆の利用については、伝統的なもの以外にも新しい可能性がどんどん開けています。

次回のブログ投稿では、大豆が生み出す新しい世界について私が感じる危惧についても書きたいと思います。

 

何でも、良い面と警戒すべき面がありますから。

(つづく)

 

『うまみの相乗効果』に食傷気味

 私は職業柄、だしの話に多く触れるものです。

だしに関する本が出版されたりすると、買って読んでみることもあります。

しかし残念ながら。たいていはがっかりして本を閉じることになるのです。

理由は様々ですが、この手の本に必ずと言って良いほど取り上げられる「うまみの相乗効果」について多くのページが割かれていたりすると、特にそう思います。

 

御存知ない方のために、「うまみの相乗効果」のことを簡単にご説明しますと。

様々な素材でだしを取ったとき、その素材によって含有する所謂「うまみ成分」の主成分は異なります。

代表的な主成分は下記の通りです。

 

昆布:グルタミン酸

鰹節、煮干し等:イノシン酸

キノコ類(干椎茸等):グアニル酸

貝類:コハク酸

 

各うまみ成分が単独ではなく、他のうまみ成分と混合されることで、より強い味覚として感じられることを「うまみの相乗効果」と呼び、昆布と鰹節の合わせ出しが広く用いられてきたことの理由として説明されます。

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(「特定非営利活動法人 うま味インフォメーションセンター 」ウェブサイトより引用)

 

 

これは何も間違ってはいません。

その通りなのだと思います。

 

しかし2021年の今、「一体いつまでこんな話を続けるんだ」とも思うのです。

最近発見されたわけでなく、大昔から分かっていることですから。

 分かりやすい応用事例は、市販される「うまみ調味料」でしょうか。

うまみ調味料メーカー各社から、さまざまな製品が発売されます。

代表的なところで言えば、「味の素」「ハイミー」「いの一番」などが、それに当たります。

これらの製品はどれも、「グルタミン酸ナトリウム」と「イノシン酸ナトリウム」と「グアニル酸ナトリウム」の混合物です。

イノシン酸ナトリウムとグアニル酸ナトリウムは、合わせて「5'-リボヌクレオチド二ナトリウム」と表示されます)

 つまり、大昔からうまみ調味料メーカーは、複数のうまみ成分を混合して相乗効果を利用した製品を作り続けているわけです。

そんな使い古された話を、今更だしの専門書籍内で語るのは、やはり感心しません。

少し触れるぐらいならともかく、各素材から出るうまみ成分の種類と量を分析して、相乗効果の観点から理想のだしの味を考察するようなものには閉口します。

 

 

そもそも、味を化学成分で語ること自体、ほどほどにしてもらいたいと思います。

昆布のおいしさを構成する要素としてグルタミン酸が大きな役割を果たしていることは間違いないとしても、グルタミン酸を抽出するためだけに昆布を使うと考えているのなら、大きな見当違いです。

それだけの目的なら、昆布でなく、最初からうま味調味料を使えば良いのです。

その方が手間もかからず価格も安いのですから。

 

 

昔から一流の料理人は、うまみ調味料に頼らず良い昆布や鰹節を揃えてだしをとってきたわけです。

安価なうま味調味料が簡単に手に入る現在でも変わりません。

それを考えれば、うまみ成分名でだしの味を語ることなど一側面を捉えたに過ぎないことが、ご理解いただけるのではないかと思います。

 

 

私は職業柄、具体例に触れていますから理解しやすいのかも知れません。

良い料理人は、品質の良い素材を集めてだしをとります。

私共は昆布屋ですから、それにお応えするよう、良い昆布をご準備します。

例えば、近年の天然真昆布の大凶作。

価格も高騰していますし、これまで天然昆布をお使いいただいていた料理店様へ、養殖昆布のご提案をすることなどもあります。

しかしその際の反応は、例外なく「やっぱり天然とは違いますね」なのです。

 

これは、うまみ成分の量の話ではありません。

そもそも、だしに含まれるグルタミン酸量を増やしたければ、ただ単純に昆布の使用量を増やせば良いのです。

それだけで濃度は上がります。

養殖昆布でも、グルタミン酸の含有量に大きな差はなく、仮にいくらか少ないとしても、使用量を増やせばその問題は解決できるはずです。

 そんな簡単なことで解決するのなら、今の天然昆布不作の問題で私共が頭を悩ませることもありません。

 

うま味成分は十分あるはずなのに、何かが違う。

それが何であるのか、研究が進んでない現状、明確に申し上げることはできませんが、味が違うのです。

 

 

 

昆布の品種で考えれば、グルタミン酸の含有量は羅臼昆布が最も多いのです。

グルタミン酸がそれほど大事なのであれば、だし昆布として迷うことなく羅臼を選ぶべきでしょう。

しかし実際には、昆布の中心地たる大阪では真昆布が重用されてきたわけで、事がそれほど単純でないことが分かるかと思います。

 

 

また、冒頭に触れた専門書籍などで、理想的な昆布だしの取り方が提示されることもあります。

その際、その方法が優れている根拠として、だしに溶けているグルタミン酸の分析値が提示されることが非常に多いものです。

これとて同じ話で、そんなにグルタミン酸ばかりが大切なのであれば、化学調味料を足してしまえばいかがでしょう。

昆布を厳選せずとも、調理に気をつかわなくても、一気に問題解決です。

 

 

 味覚の世界は、簡単に成分で表現できるほどシンプルではありません。

 簡単に問題解決に導いてくれそうな情報がもてはやされるのは、世の常でしょうか。

私が書くややこしい話より、た易く「なんとなく理解したような気になれる情報」の方が耳なじみが良く、好評なのかもしれません。

しかし、真の姿を正しく理解することを大切にしたいものです。

  

 

家庭で本物の味を求める人や、一流の料理人が、「うまみ調味料の混合物」を使わず時間も手間もコストもかけて「本物のだし」を使うことの理由を、今一度よく考えていただきたいと思います。

 浅薄な知識で知ったように語らずに、

『科学的な分析によって分かったことも多いが、分からないことは更に多い』と認識する謙虚さと、

『自然風土と先人の知恵によって形成された伝統食文化』に敬意を払うこと、

この二点を忘れないようにしたいものです。

 

MILANO EXPO 2015 回顧録

 前回の投稿で、2025年の大阪・関西万博に向けた話を書きました。

 

万博と言えば6年前、2015年の開催地はイタリアのミラノでしたが、大阪市から依頼を受け私が現地で昆布のお話をさせていただきました。

少し個人的な内容も含みますが、当時の思い出話を書きたいと思います。

 

 

事の発端は、こんぶ土居でイタリア人の学生を受け入れたことでした。

 

イタリアのピエモンテ州に「食科学大学(Università degli Studi di Scienze Gastronomiche)」という大学があります。

食科学大学では、学生の海外研修を頻繁に実施しているようですが、研修先として日本も含まれています。

その受け入れには、京都の立命館大学が窓口になっていました。

その際、立命館大学の井澤裕司教授が「イタリア人の学生に日本の食文化としての昆布の説明をしてほしい」と私共に依頼して下さったのです。

食を専門に学ぶ海外の学生に、日本の伝統食文化を理解していただくのは、意義のあることだと思い、ご協力させていただいた経緯がございます。

 

 

そんなご縁もあり、後日、在大阪イタリア総領事館で開催されたイタリア共和国記念日を祝うレセプションにお招きいただいたのです。

ご参加された方々とお話する中で、大阪市の担当者からミラノ万博の事を軽く打診されました。

行政でも、外部に発信すべき大阪の食文化が昆布であることをご理解いただけているのは、とても嬉しいことです。

その後、大阪市より「大阪ミラノ姉妹都市交流親善大使」として正式な依頼を受け、現地へ出向くこととなりました。

 

 

ミラノ万博にはパビリオンとしての「日本館」があり、来場者に日本の文化を伝える役割を果たしていました。

この日本館は、ミラノ万博の全パビリオン内で圧倒的な一番人気で、入館に長い行列ができて、なんと最長で6時間待ちになっていたほどです。

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日本館にはステージが常設されており、週替わりで日本全国の市町村が、地域の文化を紹介していました。

私に与えられた役割は、「大阪ウィーク」にてイタリア人に、大阪の昆布の文化を伝えることです。

 

 

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 (大阪ウィーク開催の記念式典の様子)

 

 

 

実は私は若い頃に、しばらくイタリアで暮らした経験があり、簡単なイタリア語が話せます。

ミラノ万博でも、拙いイタリア語で通訳なしでプレゼンしたのですが、これが本当に効きました。 

冒頭に、「イタリアが好きでイタリア語を勉強しました。決して流暢ではないが、今日は通訳なしでやります。」と言うと、もうその段階で拍手喝采なのです。

そういったことを喜びがちなイタリア人気質もありますが、ダイレクトに伝えることの大切さを改めて感じました。

 

 

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実際にステージ上でだしを取って味を見ていただいたり、様々なことをご説明しました。

それを大阪ウィーク中、何回も繰り返したわけですが、若いころに自分がイタリアから多くのことを学んだお返しができたようで、とても嬉しい経験でした。

 

 

私がイタリアにいた頃のイタリア人は、良い意味で保守的で、海外の文化への関心が薄い印象がありました。

それこそがイタリアの伝統文化が良い形で続いた原動力であるわけですが、逆に言えば日本の昆布文化に関心を示してもらえないのではないかという心配がありました。

しかし、現場でそれは見事に裏切られます。

時代が進んだのもあるでしょうが、昆布を知っているイタリア人も多く、だしの味も非常に好意的に受け入れられたことが印象的でした。

 

過去にも様々な経験から得た結論ですが、昆布の良さを理解するのは日本人ばかりではないのです。

今や、その価値は世界的に認められています。

 

 

 

帰国後には大阪市役所へお招きいただき、橋下徹市長(当時)から感謝状を頂きました。

少しでも大阪に貢献できたのであれば、本望です。

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新聞でも、ご紹介いただきました。

取材を受けていましたので、掲載されることは事前に知っていましたが、一面で大きな記事でしたので驚きました。

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この新聞記事を改めて見ると、当時から「国内産 供給は減少傾向」というタイトルが見えますね。

ちょうどこの年から、天然真昆布は大減産の期間に突入していきます。

 

今後も大阪の伝統食文化としての昆布を国内外へ発信していきたいと考えていますが、それは北海道で良い昆布が生産されてこそ意味を持ちます。

過去の取り組みが未来に続くように、北海道の昆布生産に良い結果を導きたいと思います。

  

 

「2025大阪・関西万博」で、昆布のことを

 

2025年に、大阪で万博が開催されます。

地元大阪のパビリオンも出展されるわけですが、展示内容のアイデアを公募していたので応募してみました。

もちろん昆布について。

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万博の展示に、食文化は当然含まれてくるはずです。

紋切型の「たこ焼き」「お好み焼き」で終わってしまうことのないよう、大阪食文化の核となる昆布の話が来場者に伝わるようであって欲しいと思います。

応募は、800文字以内で案を書いて提出するのですが、下記の内容で出しています。

さて、採択されるのでしょうか。

 

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【提案内容(800文字以内)】

古くから「食の都」「食い倒れ」と評されてきた大阪。名物として語られることが多い「たこやき」「お好み焼き」「串カツ」だけでなく、品格と伝統を伴った食文化のアピールは、都市のブランド力を向上させます。その核となるのが、「だし文化」です。料理にだしを用いることは世界共通ですが、大阪だし文化を他地域と分けさせたものは、昆布に他なりません。江戸の昔より、北前船の最終目的地であった大阪に北海道の産物は集められ、昆布文化の中心地となりました。中でも道南地方で採取される真昆布は大阪の味を決める基礎として、なくてはならないものとして利用されてきました。しかし天然真昆布の漁獲量は、近年の環境変化により激減し、大きな窮地に陥っています。大阪の食を構成する要素に、昆布以上の独自性はありません。万博を機に多くの来場者に大阪食文化を再認識していただき、天然真昆布の危機的状況の認知を広め、未来に継続させる取り組みが必要だと考えています。地元大阪パビリオン内にて、伝統の昆布文化と、その危機を伝える展示のご提案を致します。来場者に、食体験と併せて、大阪食文化の歴史や海洋資源の保護の大切さ、海藻食の健康面での価値などを理解していただけるような展示ができないでしょうか。2015年のミラノ万博では、私がミラノまで出向き、「大阪ウィーク」にてだし文化をイタリアの地でご説明した経緯もございます。海外での昆布への注目度も年々高まっている今、地元での万博開催にその要素は不可欠です。次世代に昆布文化を残すことは、テーマに掲げられた「SDGs」の趣旨(特に、14海の豊かさを守ろう)にも合致します。世界的な問題である水産資源の保護と、他国に例のない伝統食文化を関連させて展示できる好機で、万博の展示としてふさわしい内容であると考えています。

 

 

 

 

 

海底湧水と水産資源の関り

度々テーマにしております天然真昆布の不作。

不作の理由は、ひとつではなく、様々な要因が複合的に作用しています。

簡単に言ってしまえば「環境問題」であるわけですが、その環境問題を構成する要素は、多岐に渡ります。

温暖化のようなグローバルな要因は、私が何らかの後押しができるような小さな話ではありませんが、ローカルな問題については、やれることがあるはずだと考えて活動してきました。

 

私が昆布の浜に通うようになって16年になりますが、そんな短い期間でも、公共工事が進み景観は大きく変わりました。

簡単に言えば、どこもかしこもコンクリートで固められていっているのです。

それは、治水や地域の方々や漁業者の利便性を高めるためであり、その目的では貢献しているのですが、見方を変えれば環境破壊に他ならないわけです。

それが海の環境に、どのような悪影響をもたらすのかについては、朧げなイメージは持てていても、明確に指摘することは難しい状態でした。

 

先日、ある方とお話させていただく機会がありました。

このご時世ですので、実際にお会いしたのでなくzoomミーティングですが、新井章吾さんと仰る海藻の研究者です。

様々なことをお伺いしましたが、海底から湧き出る水についてのお話が、非常に興味深いものがありました。

新井さんのお書きになったレポートは、海底湧水の仕組みと、それが漁業資源にどのように関係するのか、また開発によって湧水にどのような影響があるのか、非常に分かりやすく書かれていました。

もしご興味あれば、下記のレポートをご一読いただければと思います。

 

https://www.ows-npo.org/member/backno/tokushu48forWeb.pdf