こんぶ土居店主のブログ

こんぶ土居店主によるブログです。お役に立てれば。

STOP! UMAMIMAMIRE 書籍化計画

現在、一冊の書籍にして発行すべく、原稿を書き進めています。

仮のタイトルは

 

『うまみの外側で起きていること』
〜科学の内側からこぼれ落ちた価値〜

 

です。

 

書き始めたばかりで、まだまだ時間はかかりますが、だいたいの章立てだけは組んでみました。

第一部から第四部に分かれ、以下のような章を構成するつもりです。

 

第一部『うまみの内側』

⚫️うまみの歴史

⚫️人間がうまみを求める理由

⚫️アミノ酸と核酸

⚫️伝統食の中のうまみ

⚫️まずいものなど無い時代へ

 

第二部 『うまみの外側』

⚫️味覚は単純

⚫️相乗効果の核心

⚫️鰹節は特殊

⚫️昆布も特殊

⚫️だしの相乗効果の実際

⚫️味覚完了錯誤

⚫️捨てないレシピ

⚫️シグナル化と文化の関係

⚫️うま味で減塩?

 

第三部 『うまみと昆布』

⚫️今さらながら自己紹介

⚫️うま味と昆布文化の衰退

⚫️昆布加工品とうま味

⚫️顆粒だし、昆布使用量の推定

⚫️昆布だし神話

⚫️昆布の栄養価値

⚫️沖縄の昆布文化の特殊性

 

第四部 食文化の行方

⚫️同音異義語

⚫️それでも昆布は風味絶佳

⚫️「正しい昆布だしの取り方」の問題点

⚫️食科学が生んだもの

⚫️純粋化の果てに

⚫️進化する、うまみ調味料

⚫️ジャンク化する味覚

⚫️人がつくるのだ

⚫️STOP!  UMAMIMAMIRE

 

このブログのタイトルとして書いた『STOP!  UMAMIMAMIRE』は、本の最後の章のタイトルでもあるのです。

 

やはり今は、うま味にまみれた時代。

その問題点について理解していただける内容にしたいと考えています。

 

(了)

 

『本格十倍出し』卸し販売終了の理由

こんぶ土居で、三代目の時代から製造しております「十倍出し」。

もう販売を開始して40年ほどになるかと思います。

特に、1999年に人気美食漫画『美味しんぼ』で取り上げられてからは、多くの方が知って下さるようになりました。

konbudoi.shop-pro.jp

 

この製品は、大阪の私共の店舗での販売と、少し卸販売もさせていただいていますので、他の販売店様にて目にされることもあるかと思います。

ただ、受注を来月に終了させていただくことになりました。

製造自体は継続するのですが、4月以後も継続してお求めいただけるのは、こんぶ土居の店舗と「こんぶ土居オンラインストア」のみとなります。

ご不便をおかけしまして、誠に申し訳ございません。

本日の投稿は、その背景についてご説明するものです。

 

 

【本格十倍出しと標準十倍出しの違い】

良い製品づくりには良い原材料が必要で、私共の製品の味わいの最大の核となるのは、昆布の品質の高さです。

しかし、このブログでも何度も繰り返し書いておりますように、古来より大阪の食文化を支えた北海道の真昆布の天然物が常態化した大凶作に陥り、十分な量を仕入れることができません。

養殖の真昆布とて、天然に比較的品質の近い二年かけて栽培する昆布がほとんどなくなり、世に流通する真昆布はほとんどが一年養殖(促成)という悲しい状況です。

 

十倍出しのうち、「本格十倍出し」は卸販売を終了する一方、「標準十倍出し」は今後も継続致します。

これは、本格十倍出しと標準十倍出しの、使用する昆布への考え方が少々異なるからです。

「本格十倍出し」は、昔からの文化を体現する意味でも、引き続き品質の良い真昆布を100%使用します。

対しまして「標準十倍出し」はブレンドのイメージ。

ウイスキーやコーヒー等で、「シングルオリジン」と「ブレンド」があるかと思いますが、そちらをイメージしていただけますと分かりやすいでしょうか。

これについては、過去の投稿でも詳しく書いておりますので、ご一読いただけますと幸いです。

konbudoi4th.hatenablog.com

 

このブレンドという観点でみますと、日本の合わせだしこそが「ブレンドだし」なのです。

昆布だけでも鰹節だけでも片手落ち、それを併用することで、欠点を補い合おうということです。

標準十倍出しでは、ここに煮干しも加わりますから、更に昆布単体への依存度は下がることとなります。

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このような性格の違いがありますので、現在の原材料調達の状況では、希少な昆布の品質に依存する本格十倍出しを量産できないのです。

生産量を絞るしかありません。

これが、今回の本格十倍出し卸販売終了の理由です。

 

先に書きました通り、自然環境の悪化や、一次産業の衰退により、今後は良い品質の原材料を調達することが益々難しくなることが予想されます。

おいしい食品を用意するために、素材を厳選することは素晴らしいことです。

それが潤沢に手に入った時代は良かったわけですが、今後は違うアプローチも必要なのではと考えております。

そんな趣旨で書いた過去投稿も、ご紹介させていただきます。

こちらは、新製品「白だし」を軸に書いた文章ですが、この製品ほど「ブレンド」の良さが活きたものはありません。

konbudoi4th.hatenablog.com

 

以上このような事情でございます。

何卒ご理解いただけますと幸いです。

本格十倍出しは少々お求めにくくなりますが、是非「標準十倍出し」もお試し下さい。

本格十倍出しより安いですし、日常のお料理に何ら遜色なくお使いいただけるかと思います。

 

(了)

雑節の価値。こんぶ土居「白だし」の原材料構成。

 

日本の「だし」は世界から大注目ですが、その代表的な素材と言えば「昆布」「かつお節」や「煮干し」でしょう。

精進料理では、干椎茸も多用されてきましたでしょうか。

私の住む大阪は特にダシにうるさい土地柄だとして知られ、日常食としての「うどん」も象徴的な存在として紹介されることが少なくありません。

しかし、うどんだしの調整は意外と難しいのです。

これには、本日のテーマである「雑節」が関係しています。

一般の方には聞き慣れない言葉かも知れませんので簡単な説明と、その魅力、そして、こんぶ土居製品に雑節がどう活きるのか、またそれによって成し遂げたいことについて書き記します。

段落としては、こんな感じです。

 

【雑節の魅力】

【こんぶ土居「白だし」と、十倍出し】

【技術。バランス? 素材?】

【雑味、良くも悪くも】

【原料調達の今後、『馳走』をほどほどに】

【『本物』を多くの人の手に】

 

 

それではまず

【雑節の魅力】

多くの方は「だし」と言えば昆布とかつお節を思い浮かべますから、うどんだしでも同じ方法を取りがちですが、まずうまくいきません。

昆布とかつお節のだしは日本料理の花形で素晴らしいのですが、用途によっては「上品すぎる」のです。

事実、大阪のほとんどのうどん屋さんでは、雑節を主に使用するわけですが、これはカツオ以外の魚を使用した節の総称で、代表的なものでいえば「サバ、アジ、イワシ」などでしょうか。

「宗田かつお節」も名前に「かつお」と入っていますが、こちらも雑節に分類されます。

 

「雑」だなんて言葉の印象は悪いですが、かつお節に無い独自の魅力もありまして。

それは味わいの「力強さ」です。

華やかな香りの上品さでは鰹節に劣ったとしても、しっかりとした厚みを感じられる出しになるのは雑節ならでは。

それこそが、『さば節、うるめいわし節、宗田鰹節』といった雑節を多くのうどん店さんが主に使う理由です。

 

 

【こんぶ土居「白だし」と、十倍出し】

過去投稿にて、こんぶ土居の新たな製品について書いています。

それは「白だし」です。

konbudoi4th.hatenablog.com

何度か試作し、試作品は店頭販売したところ大好評を頂き、レギュラー製品化することとなりました。

実はこの製品、かつお節を使っていないのです。

原材料を使用割合順に列挙しますと

 

〇雑節の削り節(宗田鰹、うるめ鰯、さば節)

〇昆布

〇粗糖

〇食塩

〇煮干し

〇醤油

〇みりん

〇酢

 

以上です。

その一方、例えば姉妹品の『本格十倍出し』は原材料として使っているのは、昆布とかつお節と塩だけです。

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両者、全く原材料構成が異なりますね。

 

 

【技術。バランス? 素材?】

この『こんぶ土居店主のブログ』の過去投稿で開発の動機として書いたように、「こんぶ土居 白だし」は簡便さを重視した製品です。

料理が苦手な方でも使いやすいよう、この製品だけで味が決まる設計です。

そのために、醤油やみりんといった調味料を適切に配合しています。

その一方、『本格十倍出し』には、そういった調味料を使うことなく、保存のための少量の食塩を加えているだけです。

これだけでも、白だしの「味の構成要素の多さ」がご理解いただけるかと思います。

料理とは、シンプルになればなるほど、所謂「ごまかし」が効かず、素材の良さに依存します。

それに対し、要素が複雑な料理は「味のバランス」を上手に取ることが必要で、これは「調理技術」と言い換えても良いかと思います。

 

簡単にまとめますと

◆『本格十倍出し』=『シンプル』=『素材の良さに依存』

◆『白だし』=『複雑』=『バランスが大切』

ということです。

 

 

【雑味、良くも悪くも】

シンプルであるが故に、素材の良さに依存した「本格十倍出し」。

こちらに関しては、例えば使用する昆布の品質が低かったり、またはかつお節の品質が低かったりすれば、味の劣化に直結します。

具体的には、「味わいが弱くなってしまったり」「雑味が強かったり」するということです。

しかし、実は前者の解決は容易です。

味が弱いのであれば、単純に使用量を増やせば良いのです。

それだけで確実にエキス濃度は高まりますから。

しかし、実際にそれをすると「雑味」も同時に強くなって、結局あまり美味しくない、という結果になったりします。

このあたりが難しいところです。

 

一方、雑節の場合は、『雑節』『雑味』と言葉が近いことからも想像されるように、上品だとは言い難い少々気になる風味が含まれているのが普通です。

かつお節との最大の違いはこれであって、華やかに立ち上る上品な香りの鰹節と、少々雑味が含まれる雑節、ということです。

しかし、味わいの強さという意味では、雑節はかつお節に全く劣ることはありません。

つまり、「雑味」を上手に解決すれば、活きるのです。

 

さて、ここでご理解いただきたいのが『雑味も味のうち』ということです。

かつお節で考えますと、血合い抜きのかつお節がありますね。

血合いの部分は、どうしても血生臭い風味を含みますから、それを取り除いた方が明らかに上品になります。

値段も高くなりますから、高級品だと言えます。

しかし、どの料理にも血合い抜きの方が良い結果が出るかと言えば、そんなことはありませんで、血合い抜きかつお節では上品すぎると感じる料理も多々あるのです。

 

こういった『雑味の適切なコントロール』も、調理技術の大切な要素だと言えそうです。

『こんぶ土居 白だし』は、これが非常にうまくいきましたが、手法としてはシンプルで、「配合割合」と「調味料」です。

 

配合割合については、「雑節」とひとからげにされますが、宗田かつお、さば、うるめ鰯、ではそれぞれに大きく特徴が違いますから、お互いに問題を打ち消し合ったり良さを高めあったり、ということが良い配合によって可能です。

更に昆布と煮干しも全く同じ意味合いを見せますから、こうして良い意味の「雑味も味のうち」が実現することになります。

 

更に調味料。

醤油の存在は本当に偉大で、少量使用することで、魚介類の「クセ」をプラスに変える力さえ発揮するように感じています。

そして、伝統的なみりんも言葉では説明しづらいですが、同じような効果を発揮しています。

 

改めて、

◆『本格十倍出し』=『シンプル』=『素材の良さに依存』

◆『白だし』=『複雑』=『バランスが大切』

この構造、なんとなくご理解いただけましたでしょうか。

 

 

【原料調達の今後、『馳走』をほどほどに】

◆『本格十倍出し』=『シンプル』=『素材の良さに依存』

ですから、全くごまかしが効かず、昆布もかつお節も雑味の無い良い素材を厳選して使うことで、高い品質が実現しています。

そうなると原材料のコストも高いのです。

 

『ごちそう』という言葉は「ご馳走」と書きますが、これは、馳せ、走る、という意味ですね。

つまり、誰かに美味しいものを食べていただくために、手元で簡単に手に入るものでなく、方々を馳せ走って良い素材を集めて料理するような意味合いとのことです。

素晴らしいことだと思います。

 

しかし、今後の原材料調達を考えたとき、まず海の環境悪化により、素晴らしい海産物を得られにくい未来が来ます。

その代表的な顕れが、過去にこちらのブログでも何度も書いております、天然真昆布の状態化した大凶作です。

かつお節でも似たような状況で、品質の良い原料魚の確保に頭を悩ませる生産者は非常に多いです。

 

そして更に大きなインパクトを起す理由が、労働力不足です。

今、一次産業の現場から、どんどん人がいなくなってきて、今後も一気に減少していく見込みです。

手間の掛かった高級品は、つくり続けることが難しくなるかもしれません。

 

つまり、良い素材を厳選して使うことは素晴らしいのですが、今後はどんどん入手困難になって、コストも上がるのです。

そうなれば私共でも、それを製品価格に転嫁する必要が出ます。

しかし、日本の経済状態はご存じの通り。

こんな状況なら、本物のだしが『経済的に恵まれた一部の人に向けたもの』ということになっていきませんでしょうか。

そうならないよう、別の手立てが必要です。

 

 

【『本物』を多くの人の手に】

本日のメインテーマは雑節ですが、かつお節に比べて価格が安いのです。

一方、「本格十倍出し」であれば、使うのは日本近海で一本釣りされた原料魚を生産者さんも指定して仕上げられた『本枯節』です。

こんな素性の品は、全かつお節の中で間違いなく1%にも満たない、特殊な高級品。

値段が高いのはお察しいただけるかと思います。

しかし、日常の料理に必ずしもそういった素材が必要であるのかどうか。

 

 

先日、ある方がXに、こんなことを書いておられたのです。

『こんぶ土居で買っていたけど、~ (中略) ~ 時間的な余裕も無く、全てが値上がりの傾向で、続けるのは難しいとの判断。今は乾燥椎茸を使っている。』

 

この内容、重く受け止めなければならないと思います。

本物を提供している自負がある食品製造者は往々にして、『品質が高いんだから、値段も高いのは当たり前だ』と考えてしまいがちです。

構造的には全くその通りなのですが、これは少々危険な考え方。

値段がある水準を超えると、「良いのは分かっているけど、そんなに高いともう買えない」となる方が増えるのは当然のこと。

先ほどのXで書き込みされた方が、正にそれです。

これは日本の「だし文化」の裾野が狭まることであり、食文化の衰退とも無関係ではないでしょう。

一部のお金持ちに向けた仕事でなく、本物をできるだけ多くの方の手に届けることこそ、仕事として価値のあることではないかと考えるようになりました。

 

繰り返しになりますが、

◆『白だし』=『複雑』=『バランスが大切』

です。

しかし、一般の方には上手にバランスよく調合することが難しいのです。

そこで私共が、本物ではあるけれど鰹節より安価な素材を使い、お手頃で美味しい製品に仕上げる役割を果たせるなら素晴らしいと考えています。

 

 

『本物』と書きましたが、コストを下げるだけなら簡単なのです。

だし素材の使用量を減らし、うまみ調味料で代替すれば一気にコストは下がります。

調味料とて、私共で使用するものは伝統的な本物ばかりですが、それを「まがいもの調味料」に変えれば値段は下がります。

しかし、それは私共にとっての「本物」ではありません。

まがいものに手を染めることなく、それでいて、できるだけ安価で美味しいものを提供できるなら、それこそが私共の目指すべき方向性だと言えるのかも知れません。

 

今回は、雑節のことを主たるテーマとして書きましたが、製品コンセプトの背景をご理解いただけましたでしょうか。

もうなにしろ、本物の食を取り巻く環境は非常に厳しいのです。

未来の日本では、残念ながら食事情は貧しくなっていくだろうと私は考えていますが、なんとかそれに抗い、本物の食品を普通の所得の人が手にできる社会が続くことこそ大切。

その一助となる仕事ができればと思います。

私共のような食品製造者の在り方も、社会の変化につれて動きます。

常に時代の流れを掴み、その時々で果たすべき役割は何であるかを常に考え、それを具現化させた製品づくりに努めたいと思います。

 

(了)

 

問われる、昆布屋のブレンダー能力

古来より大阪の食を支えた北海道の真昆布ですが、その天然物が常態化した大凶作にあることは、過去から何度も書いている通りです。

それは今も全く解決していません。

養殖昆布の生産は比較的安定しているのですが、それも一年養殖昆布(促成)ばかりで、二年養殖真昆布も大変な貴重品になってしまいました。

こういった現状については、過去投稿で詳しくご説明しております。

konbudoi4th.hatenablog.com

 

当然のことですが、良い昆布製品を製造するためには品質の良い原料昆布が必要であるわけで、私共は大変な困難に直面しています。

例えば、約40年に亘って製造を続けて参りました濃縮だし製品「十倍出し」。

高級版の「本格十倍出し」と廉価版の「標準十倍出し」の二種類をご用意していますが、天然真昆布が不作になる前は、原材料として使用する昆布は両製品共に天然真昆布100%で、原材料表示としては「天然真昆布(北海道函館市川汲町産)」となっていました。

しかし今は天然昆布だけでの製造を継続できず、原材料表示も「真昆布(北海道函館市産)」との表記に変わっています。

つまり天然昆布だけではなく養殖昆布も併用しているということです。

こんな原料事情で、製品の味覚的品質を落とさない方法について、ずっと頭を悩ませてきました。

 

来年から、ひとつの対策を施す予定です。

それが、本日のブログのタイトル「昆布の適切なブレンド」です。

それに伴い、「標準十倍出し」の原材料表示が、いずれ以下のように変わる予定です。

 

【標準十倍出し原材料表示】

(従来):真昆布(北海道函館市産)

(変更予定):昆布(北海道産)

konbudoi.shop-pro.jp

 

複数の産地の昆布をブレンドする以上、こういった表記になってしまうわけですが、味覚的品質を今よりむしろ向上させることすらできると考えています。

 

古来より最上品位に位置づけられた天然真昆布をふんだんに使えた頃は、良い時代でした。

素晴らしい品質の昆布を使えば、何も考えずに当たり前に品質の高い昆布製品がつくれたわけです。

それができない今になりましたから、問われるのは「技術」であって、それを最大限に駆使することで良い製品の提供を続けることができると考えています。

 

北海道で採れる多種の昆布には、それぞれの特性があり、その特性を見極め適切なブレンドで使用することで、ご満足いただける味わいがつくり出せると考えています。

試作も繰り返しておりますが、良いものができております。

 

このような変更を予定しているのは、廉価版の「標準十倍出し」であって、今のところ「本格十倍出し」には変更予定がありません。

理由として、「本格十倍出し」は高級版製品ですから私共が使う真昆布の中でも高品質な昆布を選択的に使用することで、これまで通りの品質が維持できると考えているからです。

また、古来よりの大阪の文化を残したいという意味合いもございます。

 

こういった変更を、どのタイミングからスタートさせるかは具体的な日程は未定ですが、2026年から始めて参ります。

今回のブログ投稿でお伝えしたかったことは、標準十倍出しの原材料表示がいずれは、『昆布(北海道産)』という素性が特定されない書き方になる理由と、製品の品質を保つ方法についてご説明したかったからです。

 

素晴らしい品質の自然の恵みがたくさん得られた時代は良かったわけですが、残念ながら、今後は状況は悪化していくように思います。

そんな中でも、食品の真正を保ち、なにより「おいしい」と消費者の方々に思っていただける製品づくりを続けるのには、工夫が必要です。

 

以上、製品づくりの方向性のご説明のような投稿になりましたが、何卒ご理解いただけますと幸いです。

 

(了)

ガニアシ母藻計画、その後の経過①

さて、8月にある投稿をしました。

下の内容です。

konbudoi4th.hatenablog.com

 

本日の内容は、この実験の途中経過を書き記すものです。

8月に書いた通り、ガニアシを母藻にすることができれば、画期的だと思います。

 

実験に協力して下さった漁師さんからは、たまに経過を伺っていたのですが、現段階までにガニアシから胞子が出てくる様子は無いようです。

ガニアシを何個か海中で保存していただいているわけですが、持つと崩れてしまう個体もあるようで、弱ってきているのかも知れませんね。

 

ですので、現段階では全く成功しているとは言えません。

むしろ、失敗の見込みが高いと言わざるを得ないかと。

しかし、何事もそう簡単に成功しないのは世の常。

あきらめてはいけません。

 

私は10月の20日から24日まで北海道の真昆布産地へ再び出張していたのですが、引き続き、このプランの実現可能性について聞き取り調査をしました。

中でも、非常に嬉しい情報を下さったのが函館市役所です。

水産に関する部署の課長さんに会いに函館市役所へ参上したのですが、「ガニアシからも胞子が出ると、誰かがだいぶ前に言っていたのを聞いたことがある」と仰るわけです。

なんと!耳寄りな情報。

私が書いた8月のブログも読んでいただいたのですが、当時の投稿でも書きました通り、実験には促成真昆布のガニアシを使っています。

この課長のご意見では、促成からも胞子は出るには出るが、天然昆布や二年養殖昆布に比べると「胞子が出にくい」のではないかとも仰っていました。

 

更に、翌日にお会いした、ある昆布漁師さんからも全く同じ内容を聞きました。

であれば、現在の実験に加えて、天然昆布と二年養殖昆布での実験を追加すべきかと思います。

もう今年の漁期は終わっていますから、2026年の実験になりますが。

 

【天然真昆布の実験方法】

こちらについては、現在の常態化した大凶作ですから、2026年も真昆布を生産する地域の多くでは、出漁日数が限られることでしょう。

ですから、漁協に実験の意図を説明して許可を得て、漁期の後に私が海に潜ってガニアシ付きの真昆布を採取したいと考えています。

そちらで実験です。

又は、海が時化た日に、抜けて海岸へ寄ってくる個体もありますので、それを利用する手もあります。

 

この実験は、あくまで知識を得るためのもの。

なにしろ、現在は天然真昆布自体が枯渇しているわけですから、そのガニアシを相当量海中に入れることなど、現実的ではありませんから。

 

 

【二年養殖真昆布での実験】

二年養殖の昆布とて、道南の真昆布産地では、本当に微々たる量しか栽培されていません。

ですから、こちらは来年7月の漁期に、二年養殖真昆布の栽培に成功した漁師さんに協力を願うことになります。

二年養殖真昆布を水揚げ後、昆布を切り取った後に残るガニアシを、養成綱ごと一本譲り受け、実験をしたいと考えています。

 

仮にこの実験がうまくいったなら、二年養殖真昆布の栽培を漁師さん方に奨励する理由にもなります。

なにしろ、近年の二年養殖真昆布の栽培は失敗続き。

漁師さんにしてみれば、手間も経費もかけて栽培しているのに、途中で枯れてしまうわけです。

そんなものから手を引きたくなるのは当たり前。

こんな背景で、今は二年養殖真昆布がほとんど栽培されず、促成昆布(一年養殖)ばかりになっている現状です。

二年養殖真昆布については、栽培中の失敗を防ぐある手立てを考えておりまして、そちらも合わせて実験することになります。

 

さて、どうなるのでしょうか。

うまくいくのかいかないのか、それは神のみぞ知る。

引き続きトライしたいと考えています。

新たに何か発見があれば、こちらのブログにて紹介させていただきます。

 

(了)

「天然昆布再生のため、ガニアシを母藻に」の夢、実験中

さて、以前から何度も書いております、枯渇する天然真昆布の森。

私はずっと、これを何とか復活させたいと願い、微力ながら取り組んでいるわけです。

 

本年2025年も、昆布漁の最盛期の7月に道南の真昆布産地を訪問しました。

今年は、より詳細に自分の目で海の状況を確認したく、海に潜って現状を確認してきました。

その際の動画を、まずはご覧ください。

撮影地は、白口浜真昆布の産地、旧南茅部の臼尻浜です。

 

(2025年7月29日撮影)


www.youtube.com

 

このように、私が潜ったこのエリアでは正に「磯焼け」そのものであって、全く海藻が生えていない状態です。

この場所も、10年ちょっと前までは天然真昆布の森が広がっていたのです。

なんとも悲しいものです。

理由は様々に想定はされますが、明確には申し上げられません。

ここは最もひどい場所であって、同じ地区でもいくらか天然昆布が生えているところも残っていますが、残念ながら状況は年々悪化しているようにも見えます。

 

こうなると、天然真昆布の森の再生は、益々難しくなります。

昆布は二年生の海藻ですが、二年かけて育った昆布が秋頃に胞子を海中に放出し、そこから新しい世代が生まれてくるわけです。

しかし、親になる天然昆布が海中に無ければ、胞子が放出されることが無いのは当たり前のこと。

動画で見ていただいた場所で言えば、正にそんな現状でしょう。

 

 

こういった意味でも、以前から漁協が主導し「母藻投入」が行われてきました。

天然昆布で胞子を出せる状態になったものを採取し、別の場所に沈める方法です。

これは通常「岩盤清掃」と併用して行われ、昆布が着生しやすい海底環境を整え、その場所に胞子を出せる状態になった昆布「母藻」を投入するわけです。

しかし現在では、天然昆布がどんどん少なくなっているわけで、投入する母藻の確保にも支障が出ます。

養殖昆布を母藻に使うことも可能ですが、そのために漁師さんが昆布を栽培する必要がありますから、手間も経費もかかります。

こういった現状を踏まえて私が夢想しているのが、本日の投稿のタイトルの通り「ガニアシを母藻に」です。

 

段落として

【ガニアシとは。その現状】

【ガニアシ、海中投入の意義】

【確認すべき事】

【法的な障壁】

【藻場再生、特区構想】

【まとめ】

と順に書きたいと思います。

 

 

【ガニアシとは。その現状】

まず、画像をご覧ください。

これは栽培中の養殖昆布の画像ですが、養成綱と呼ばれるロープに着生させて昆布を育てます。

そのロープに根のようなものが絡みつき、昆布は育っていきます。

画像に見えるグシャグシャした部分がガニアシ、仮根です。

天然昆布の場合は、このガニアシが養成綱でなく海底の岩盤に着生しています。

 

水揚げの風景をご覧いただきますと。

こんな感じで、たくさんの昆布が着生した養成綱を、まとめてクレーンで吊り上げるのです。

この段階では、ガニアシはついたままです。

これを陸揚げ後、ガニアシと昆布の葉体に切り分けます。

画像の手前に見えるのが、養成綱にガッチリ着生したガニアシです。

後方には、製品となる昆布の葉体が見えるかと思います。

ガニアシは、ロープから外された後、産業廃棄物として回収されていきます。

食べられないことも無いのですが、こんな形状ですから内部に夾雑物が多く掃除が大変で、食用として活用することは難しい現状です。

 

 

【ガニアシ、海中投入の意義】

結論から申しますと、現在は産業廃棄物として処理されている「ガニアシ」を海中に戻せないかと、私は考えているわけです。

 

その意義としては、主に3つ想定しています。

まず、

『意義①』海への栄養補給

漁師さん方にお伺いすると、昔と比べて海は透明度を増しているとのこと。

水がクリアになったということは、水質が良くなったと見られがちですが、これは栄養分が少ないという見方もできます。

『水清ければ魚棲まず』と言う言葉がありますが、正にそういった事が今起きているように感じ、栄養分が足りないからこそ海藻類が育たないのだと思います。

近年は、北海道の昆布以外でも、海苔養殖にも問題が多発していますが、その理由は正に「栄養不足」によるものです。

ガニアシは昆布の一部ですから、海中の栄養素を吸収することで生成されたもので、その一部を海に戻すイメージでしょうか。

また、ガニアシは非常に複雑な形状をしていますから、他の海洋生物も棲みついているのです。

小さなエビであったり、ホタテ貝やカラス貝の赤ちゃん等も多く付着しています。

こういった付着物も一緒に海に入ることになれば、海の栄養補給として大いに期待できます。

 

『意義②』ブルーカーボン

近年では、天然であれ養殖であれ、海藻が海に存在することの意義が大きく見直されてきています。

そのひとつが、「ブルーカーボン」です。

海藻も光合成をしていますから、その成長過程で海中の二酸化炭素を吸収しているわけです。

つまり、海藻が繁茂すること自体が温室効果ガスの削減を意味するわけで、本当に素晴らしいことです。

しかし、炭酸ガスを吸収して昆布が成長したとしても、それが後に分解されて空気中に放出されれば意味がありません。

二酸化炭素に分解されることなく、別の何かの形で炭素化合物が存在している必要があります。

海の中では、例えば昆布をウニが食べたとすれば、ウニ殻の主成分は炭酸カルシウムですから正に炭素を含んでいるわけで、こういった形で海中に保持されることもありますし、難分解性の炭水化物として海中に滞留する分もあるようです。

ガニアシがこういった形で海の成分として固定される道があるなら、温暖化対策としても良いように思われませんでしょうか。

 

『意義③』天然昆布の母藻にならないものか

そして、この「意義③」こそが、天然真昆布再生のため、本日の投稿の核になる話です。

次の段で詳しくご説明します。

 

 

【確認すべき事】

先に書きましたが、新しい世代の親となる天然昆布が枯渇しているわけですから、それは胞子を放出する母藻が無いということであって、他の諸条件が好転しても天然昆布が再生するのか心配です。

そこで私は養殖昆布の水揚げ時に出るガニアシを、母藻として活用できないかと夢想しているわけですが、そのためには2つの事を確認する必要があります。

 

まず一つ目は、天然昆布でなく一年養殖昆布(促成昆布)からも胞子が出るのかどうかです。

現在は、天然昆布の枯渇だけでなく、二年養殖真昆布の生産も激減していますから、安定して栽培されている促成昆布を活用する必要があります。

 

こちらについては、恐らく「促成昆布からも胞子が出る」との認識で間違いないかと思います。

そしてもうひとつの条件は「促成昆布の葉体でなく、ガニアシからも胞子が出るのかどうか」です。

これについては、多くの漁師さんに見解を伺いましたが、明確な答えは得られませんでした。

ですので現在、ある漁師さんに協力して頂いて、実験中です。

今年に水揚げした促成昆布のガニアシを切り取って、海水に浸かった状態で保管して頂いているのです。

腐ったりせず秋に胞子が出れば嬉しいのですが、それを観察していただいています。

どうなるかは分かりませんが、廃棄物として大量に出ている物の活用ですから、うまくいけば夢が広がります。

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【法的な障壁】

前段で書いた実験が仮にうまくいったとしても、現在の法制度ではガニアシを海中に戻すことはできません。

現在の法制度では、一旦水揚げしたものを海に戻すことは一切認められず、「海洋投棄」だと見なされてしまうわけです。

しかしこれは、栄養塩類濃度が高くなりすぎる『海の富栄養化』が進んだ時代に、それを防ぐ意味合いで進められてきたことです。

しかし現在の天然真昆布が枯渇する海域で起きている現象は真逆であって、「貧栄養」そのものです。

ただ、海の栄養補給が大切な現状であっても、なんでもかんでも海中投入を認めてしまえば問題が出ますから、法制度を変えるということは簡単な話ではありません。

 

 

【藻場再生、特区構想】

前段で書きました通り、ガニアシを海に入れることに意義があったとしても、法制度によって阻まれるわけです。

しかし、これだけ温暖化対策が重要視される今、「磯焼け」の解決は国家レベルでの課題ですし、藻場再生の目的に限定し、条件も設定して、「特区」として実験的に取り組めないものかと夢想しています。

これは、行政が関わる話ですから道筋を模索することになります。

食文化と環境を守るため、なんとか「天然真昆布の森再生計画、特区構想」を実現できないかと考えています。

 

 

【まとめ】

先に書きました通り、現在ある漁師さんに協力して頂いてガニアシを母藻として活用できるののかどうか実験中です。

天然真昆布は常態化した大不作が続いているわけですが、なんでもかんでも温暖化のせいにしてはいけません。

例えば、本日の投稿の前半で掲載した臼尻地区の海底の動画。

真昆布産地でも、海底に昆布だけが生えているわけではないのです。

他の様々な海藻が繁茂するのが普通です。

 

昆布は北の海に生える海藻ですから、温暖化による高水温でダメージを受けるのは理解できます。

しかし、本州でも生えるような他の海藻までもが無くなる「磯焼け」を考えるなら、「温暖化による高水温」だけを原因と見なすのは正しくないでしょう。

寒流の流入を妨げてきたと言われる黒潮の大蛇行も収束の兆しがあるようですし、今後水温が下がる可能性も無きにしも非ずです。

そういった未来に向けて、他の様々な要素について人間が可能な限りの準備をし、昆布の後押しができるようにしたいと思います。

現在進行中の実験については、その結果を、改めてこのブログで書きたいと思っています。

 

(了)

 

生理的快と感性の快。味覚機能の不完全を補う「舌先でなく、頭と胃の腑でも食べる」こと。(ハッピーパウダーの作り方)

昆布や食品のことについて、あれこれ書いております、この「こんぶ土居店主のブログ」。

残念ながら昆布業界は昔と比べて大きく衰退していますし、文化を未来に繋ぐために私が大切だと思うことを多くの方にご理解いただきたいと思い、書いております。

 

特に昨今、昆布の味わいの分析から生まれた「うま味」「UMAMI」という言葉が賛美されて世界中で一人歩きする現状ですが、その認識が昆布文化の衰退に大きく関わるものですから、昆布屋の立場から常に発信を続けてきました。

同じような問題意識を感じて下さる方は少なくないのですが、そのおひとりが「フジワラコウ」さんです。

kofujiwara.com

この方は音楽家なのですが、私と同じように「うま味問題」の指摘を、驚くべき詳細と深さを以て発信して下さっています。

先日この「フジワラコウ」さんが、SNS上で使われた言葉こそ、タイトルの「生理的快と、感性の快」です。

本日の内容は、それについての私なりの解釈を書かせていただくものです。

それによって「うま味」「UMAMI」が賛美される問題の理解に繋がればと期待しています。

 

 

【生理的快とは】

まず、「味覚」の基本的な機能について確認させてください。

私たちは日々、生きるために何かを食べ続ける必要があります。

その「食べる」という行為を続けるための動機付けのひとつが「おいしさ」で、「おいしい」という喜びの感情が伴ってこそ、食べること自体が快楽となり、食品摂取を続ける理由のひとつとなります。

また同時に、健康を害するようなものを体内に入れてはいけないわけですから、防御作用として「まずい」と感じる機能もとても大切です。

つまり「おいしい」「まずい」といった味覚は、基本的には正しい栄養摂取のために人間に備わった機能であると考えて良いと思います。

これこそが、味覚の「生理的快」の最も根源的な部分だと考えています。

 

 

報酬系の味覚】

報酬系の味覚」という言葉については、ある食化学の大家の大学教授が、よく発信して下さっています。

ネット上で読むことのできるものから抜粋しますと。

 

『快楽の領域まで達したおいしさ。病みつきになる特定の食材が、脳の報酬系を刺激することによって、引き起こされるおいしさです。私は快楽に達したおいしさを与える食材というのは、油脂と砂糖とだしの3つしかない、と思っています。』 

 とのことです。

この先生は、「だし」の素晴らしい役割について常に発信して下さっているので、昆布屋としては非常に有難いところです。

 

この方は「油脂と砂糖とだし」と常に表現されるわけです。

「うま味」でなく「だし」だと。

しかし私は、食化学の大家に誠に失礼なことですが、生理作用としての「報酬系」という観点からは、これには賛同できません。

 

そもそも「油脂と砂糖とだし」、これら三つを並列に語ることにも違和感があります。

油脂は、言ってみれば成分名です。

砂糖も、主成分はスクロース(蔗糖)ですから、こちらも成分名に近い話です。

しかし「だし」と言ったって色々あるわけです。

昆布だしなのか、鰹節や煮干しのだしなのか、干し椎茸なのか。

海外にも目を広げれば、だしの素材など本当に多岐に亘ります。

当然舌で感じる味だけでなく、香りの要素も含みます。

つまり全く「成分名」だとは言えず、油脂と砂糖とは異質のカテゴリーで、漠然とし過ぎています。

ここでは、様々な味覚成分を含む「だしの味」の中で、主たる機能である「うま味」とすべきでしょう。

 

 

報酬系の味覚と、健康との関係】

個人や民族の違いによる「好み」とは全く関係の無い、あらゆる人が欲するタイプの味覚があります。

栄養成分の最も基本的な要素は、「タンパク質」「脂質」「炭水化物(糖質)」の三つで、これらは人間の生命維持のために欠かすことのできないものですから、その摂取が特に大切で、動機付けとして「おいしい」と感じるように私たちの身体はできているのでしょう。

これこそが「報酬系」の背景だと思います。

 

一方、「おいしい」「まずい」といった感覚は個人差がありますから、「好み」も反映します。

例えば、多くの日本人は納豆を美味しいと思って食べるわけですが、外国人には「臭い食品」と見られがちです。

こういった風味は「生理的快」「報酬系」とは全く異質のものであって、文化や歴史風土を反映しており、フジワラコウさんの言葉を借りれば「感性の快」といったものになるかと思います。

 

現代人の健康を考える上で、生活習慣病の解決は大きな課題です。

問題のある食生活の結果として表れてくるのは、まず「肥満」であって、それによって引き起こされる疾病について世界が頭を悩ませているわけです。

 

『おいしいものは、脂肪と糖でできている。』

これは、日本コカ・コーラ社が「からだすこやか茶W」の広告で使用した、見事なキャッチコピーです。

脂肪と糖質が人間の生命維持に欠くことのできない栄養素であるからこそ味覚が執着し、それによって現代人が「脂肪と糖の取りすぎ」の結果になっているのでしょう。

 

しかし、残る一つの三大栄養素である「タンパク質」は、逆に摂取量が足りていないぐらいであって、一般的には更なる摂取が推奨されます。

つまり人間の味覚がタンパク質を欲して多く摂取したとすれば、その一方で脂肪と糖の摂取量減に繋がる可能性があり、生活習慣病の解決策として期待できます。

しかし残念ながら、タンパク質自体には、あまり味が無いのです。

卵の白身は純粋なタンパク質に近いですが、ゆで卵の白身に強い味が無いのは、どなたにもご理解いただけるかと思います。

 

ここで登場するのが、所謂「うま味」です。

そもそもタンパク質とは、多種のアミノ酸が鎖状に連なった構造をしています。

そして、人間の舌がタンパク質の味を感じられなくとも、構成要素である「アミノ酸」の味は感じることができます。

「うま味」の成分として代表的なグルタミン酸も、人体のタンパク質を構成する20種類のアミノ酸のひとつです。

つまり、人間の味覚がアミノ酸を「うま味」と感知してそれを摂取するなら、それは、その結合体としてのタンパク質摂取と、結果として非常に近いものだということです。

 

しかしここで注意すべきことは「アミノ酸スコア」。

人間の体内で生成できない9種類の必須アミノ酸をバランスよく摂取する必要がある点です。

「うま味」を感じたとしても、例えばそれが味の素等の「うま味調味料」に由来するものであるならば、成分としてはグルタミン酸がほとんどです。

グルタミン酸必須アミノ酸ではありませんからアミノ酸スコアの観点では無価値であって、これはつまり、本来リンクしているはずの「うま味を舌が感知して摂取すること」と「タンパク質の摂取」の分断を引き起こすことに繋がるわけです。

人間の舌の機能が貧弱であるが故に騙されている、とも言えそうです。

 

まとめるならば、

報酬系の味覚のうち、脂肪と糖を多く摂取してしまうと生活習慣病につながる。

◇しかし、もうひとつの報酬系味覚の「うま味」を上手に活用することで、結果として脂肪と糖の摂取が抑えられるのであれば、生活習慣病の解決につながる可能性がある。

◇ただ、その「うま味」が、食品に含まれるものであるのか、「うま味調味料」によるものであるのか、アミノ酸スコアの観点から注意が必要。

といったところでしょうか。

 

しかし私は、これはあくまで「可能性」であって、机上の空論に近いように思っています。

その理由について次の段で書きたいと思います。

 

報酬系カルテット】

前段で、「油脂の味」「甘さ」「うま味」が、三大栄養素摂取の動機となる人間の報酬系の味覚であると書きました。

しかし、私はもうひとつ忘れてはならないものがあると考えています。

それは「塩」です。

塩分も人間の生命維持に欠かすことのできない栄養素で、人間の舌が塩味に強く執着していることは疑いようが無いかと思います。

料理に塩味が足りなければ、物足りなく感じますね。

 

しかし、塩分の取りすぎは高血圧等の生活習慣病につながりますし、過剰摂取にならないようにしなければなりません。

こんな背景があって、うま味調味料メーカーが筆頭となって「うま味」を活かすことよって塩分摂取を減らせると説くわけです。

うま味調味料の活用術・おいしく減塩 | 日本うま味調味料協会

 

これが本当なら「うま味」は、生活習慣病のリスクとなる「糖分」「脂肪」「塩分」の摂り過ぎから現代人を救う、素晴らしい成分だということになって、事実そういった発信がされているように見えます。

世界で「UMAMI」という言葉が流行り言葉のようにもてはやされるのも、こういったことと無関係ではないでしょう。

しかし私は過去投稿で二回に亘って、「うまみ調味料で減塩」は正しくないとの考えを書いています。

「うまみ調味料で減塩」を正しくないと考える理由 - こんぶ土居店主のブログ

「うまみ調味料で減塩」を正しくないと考える理由(第二回) - こんぶ土居店主のブログ

 

それはさておき。

報酬系の味覚への執着を考えるならば、「甘さ」「油脂の味」「うま味」「塩味」この四要素すべてを備えている味こそ「最強の報酬系カルテット」ではないでしょうか。

人間の舌が執着を見せる要素が、一つより、二つ。

二つより三つ、三つより四つ、の方が執着が増すと考えても不自然では無いかと思います。

しかも特に、「塩」と「うま味」は味覚的相性が良いと来ているわけですし。

 

つまり、「うま味」が効いているから他の三要素を減らしても満足できる、なんてことは実際には少なく、結局全部含まれた食品に人間は強く執着するのではないかということです。

つまり、「からだすこやか茶W」の広告が言う『おいしいものは、脂肪と糖でできている。』に、「うま味」と「塩」が加わったものがそれに当たるわけです(スイーツを除く)。

この私の仮説に関係するのがハッピーパウダーです。

 

 

ハッピーパウダーの作り方】

どこのスーパーでもコンビニでも売っていますから、ほとんどの方はご存じかと思いますが、亀田製菓の米菓「ハッピーターン」の表面にまぶされている粉が「ハッピーパウダー」です。

 



ハッピーターンの原材料は以下の通りです。

 

うるち米(米国産、国産)、食用油脂、砂糖、でん粉、たん白加水分解物、食塩、麦芽糖/加工でん粉、調味料(アミノ酸)、植物レシチン

 

これを「米菓本体」と、味付けとしての「甘さ」「油脂」「うま味」「塩味」の4カテゴリーに分類してみましょう。

(原材料の最後に表記されている、食品添加物の「植物レシチン」は、役割として乳化や湿潤に関係するものであるようですから、味覚に関係しないと考え除外します。)

 

【米菓本体】 うるち米、でん粉、加工でん粉

【甘さ】砂糖、麦芽糖

【油脂】食用油

【うま味】たん白加水分解物、調味料(アミノ酸

【塩味】食塩

 

このように、きれいに分類できました。

 

つまり、ハッピーパウダーを自作するためには、これら「報酬系カルテット素材」を混ぜれば良いだけです。

【甘さ】については麦芽糖は入手しづらいでしょうから砂糖にしましょう。

【うま味】は、たん白加水分解物は入手しづらいので、「調味料(アミノ酸)」を使いましょう。

製品で言えば、「味の素」がそれにあたります。

 

【塩味】、はそのまま食塩で良いですね。

 

少々工夫が必要なのが【油脂】です。

ハッピーターンの原材料には「食用油脂」となっていますが、普通の植物油は液体ですからパウダーになりません。

そこで、コーヒー用の「クリーミングパウダー」を使いましょう。

様々なメーカーから「クリーミングパウダー」は発売されていますが、森永乳業の「クリープ」など乳製品を原材料としたものは、乳由来の風味も伴いますから不適です。

植物油脂を主原料としたものを選びましょう。

最も手に入りやすいのは、味の素AGFの「マリーム」などでしょうか。

 

つまり、味の素とマリームと塩と砂糖を混ぜればハッピーパウダー的なものができます。

画像は左から、砂糖、塩、味の素、マリームの順です。

これ、本当にびっくりされると思うのですが、ハッピーパウダーそのものです。

米のみを原材料としたせんべいなどにつけれ味見してみて下さい。

(例えば、こういったような製品です。- いっぷくせんべい半月庵・グルテンフリー・無添加・オーガニック・玄米せんべい・有機JAS )

 

昔からのロングセラー商品である「ハッピーターン」。

ずっと人々の支持を受け続けているということですが、製品パッケージには「とまらないおいしさ」と書かれています。

正にこれが、報酬系の話に関する「やみつきの味」なのではないでしょうか。

炭水化物の塊である米菓に、うま味と油脂と塩と砂糖をまぶして食べる。

人間は、こういった不健康なジャンクフードに、「やみつき」になってしまいがちな生き物だということです。

 

ここから考えても、「だし」ではなく「うま味」の生理的快に人間は執着していると思われませんでしょうか。

ハッピーパウダーに含まれる「たん白加水分解物、調味料(アミノ酸)」は、あくまで「うま味」であって、香りや他の要素を含んでいたりしませんので「だし」ではないわけですから。

 

 

【生理的快に溺れないために】

まず、私たちの味覚機能は意外に単純なのです。

決して高度な機能を備えているというわけではありません。

五味と呼ばれるようなシンプルなものにしか対応できず、原始的な機能です。

ハッピーターンを食べまくることで報酬系の原始的な味覚欲求を満たしたとしても、それが健康に悪そうなことは、誰の目にも明らかでしょう。

であるからこそフジワラコウさんのおっしゃる「感性の快」という観点が必要なのだと思います。

 

ただ、感性と言われても、そういったものは一朝一夕に得られるものではありませんし、「知識」を併用する必要があるかと思います。

「考えて食べる」「知的な食事」ということでしょうか。

以前に、知り合いの鰹節屋さんが、X(旧 Twitter)で『味覚は教養である』と書いて炎上したようですが、同じような意味合いかと思います。

やはり、知性と縁遠い「生理的快」に溺れず、食事についてもう少し深い理解することが、文化を維持し、私たちの健康につながるのだと考えています。

 

政治家としても活動されている医師の内海聡さんは、過去に「味の素は覚せい剤の親戚だ」と言って、物議を醸したことがあります。

youtu.be

人間の心身を即座に蝕むドラッグと「味の素」を同列に語るのは、いくらなんでも乱暴で、こういったトンデモ理論には私も賛同できません。

しかし、言いたいことは分からなくもないのです。

味覚機能は原始的であって、味の素等の純粋で精製された「うま味」に「やみつき」が生まれるのだとすれば、それは言い換えるなら「中毒的」あって、そういった意味ではドラッグと似た部分もあるのかも知れません。

ハッピーパウダーによって「生理的味覚ハッピー」になってしまうことは、ドラッグによって「ハッピー」になっている薬物中毒者と構造的に似ているということでしょう。

実際、多くの現代人は「うまみ中毒」と言って差し支えないかと思います。

 

昔は【甘さ】【うま味】【油脂】【塩味】のうち、少なくとも【甘さ】と【うま味】は自由に付与することができなかったわけです。

うまみ調味料の出現には1908年まで待たねばならなかったわけですし、昔は砂糖は非常に高価でしたから。

それが今や、砂糖はとても安価で甘くし放題。

昆布など使わずとも、安いうまみ調味料によって、強い「うま味」をつけ放題。

こんな時代だからこそ、それに溺れないために「生理的快」だけでなく「感性の快」について考える必要があるかと思います。

 

【まとめ】

京都に、「仙太郎」という和菓子屋さんがあります。

私が個人的に、先代社長の田中護さんが食について書く文章が好きなのですが、その一部は商品の栞として配布されています。

「おはぎ」の栞に書かれている、次の言葉。

『舌先に阿らず、胃の腑においしさを問う』。

ハッピーパウダーは舌先だけの表面的な感覚であって、「胃の腑にまで」の美味しさでないのは明らかでしょう。

 

今は食技術が発達していますから、言ってみればもう「まずいものなんて無い日本」です。

激安スーパーで激安加工食品を買っても、特においしくはなくとも「まずい」と言い切れるものなどありますでしょうか。

本当にまずければ、商品として成立しないでしょうし。

とても安いチェーン店の外食なんかでも同様で、特にまずかったりしませんよね。

 

しかし、これは私の個人的な感覚ですが、そういった食品はまずくないとしても、何か食後感が悪いのです。

真の満足感が得られないと言いますか。

舌先の味覚には上手に対応できていたとしても、それが腹の中に納まった後の満足感。

これこそが、仙太郎さんの言うところの「胃の腑にもおいしさを問う」なのかも知れません。

最近では、腸にも味覚受容体があると言われたりしますね。

やはり人間の舌の機能は表面的で、騙されやすいのではないでしょうか。

 

私共では、たまに「だしの取り方教室」を開催しているのですが、ご参加者がだしの味をみて、「なんだかホッとする」とおっしゃることが少なくありません。

これは正に、人の感性に働きかけている事例でしょう。

だしを取る人が、もはや少数派となった今、こういったことを理解する人が減っているのだとすれば、非常に残念なことです。

 

他の感覚器官が関係するものの方が、「感性」が分かりやすいかも知れません。

聴覚で感じるものが音楽だとすれば、それは正に感性であって生理ではありません。

目で感じるものが美術だとすれば、それも同様です。

であれば、味覚と嗅覚を動員して感じる「食」にも、「生理」だけでなく「感性」が含まれるのは当然のこと。

良い音楽の理解には「聴力」だけでなく音楽的教養が必要であるように、良い美術の理解に「視力」だけでない美術的教養が必要であるように。

前述の、Xで炎上した鰹節屋さんが『味覚は教養である』と書かれたのは、そういった意味合いかと思います。

 

冒頭にも書きましたが、本日の投稿はフジワラコウさんがSNS上で使われた『生理的快と感性の快』という言葉を見たのがきっかけです。

これは、感性が大切な音楽家さんであることも関係しているのかも知れませんね。

 

(了)