過去投稿で何度も書いておりますが、非常に残念なことに、日本のだし文化は衰退を続けています。(詳しくは、下記の過去投稿を)
もはや、自然素材からだしを取るご家庭は、明らかに「少数派」と言って良いでしょう。
理由は簡単、「代替品」があるからです。
代替品とは、だしの「うまみ」と呼ばれる役割を担う「うまみ調味料」、又は、それを含有する「だしのもと」や「だしパック」です。
本日の投稿は、自然素材でとった「だし」の味と、だしの「うまみ成分」だと評されてきたもの、その比較についてご紹介するものです。
流れとしては、以下の通り書きたいと思います。
1.【比較検証の動機】
2.【実験手法と、その目的】
3.【味を見た私の感想】
4.【その結果を踏まえての新たな実験】
5.【得られた結論】
6.【素材の「低品質化」が進む?】
7.【まとめ】
それではまず、最初の段落から。
1.【比較検証の動機】
「うまみ成分」ということが表現されるとき、代表的なだし素材に含まれる成分が紹介されることが多々あります。
「昆布のうまみ成分はグルタミン酸」「鰹節はイノシン酸」「干し椎茸はグアニル酸」といったものです。
また、これらには互いを引き立て合う「相乗効果」があると、よく説明されます。
その相乗効果を期待してのものでしょうか。
市販される「うまみ調味料」にも、複数の成分が併用されているのです。
実例として、代表的製品「味の素」の成分をご紹介しますと、以下の通り。
「味の素」の成分
グルタミン酸ナトリウム 97.5%、イノシン酸ナトリウム 1.25%、グアニル酸ナトリウム 1.25%
つまり、味の素自体が、所謂「相乗効果」を活かした製品だと言えるのでしょう。
しかし私は、この配合割合を不思議に感じたわけです。
イノシン酸ナトリウム とグアニル酸ナトリウムが、僅か1.25%の配合割合に過ぎないのに対し、グルタミン酸ナトリウムが実に97.5%を占めるわけです。
この大きな偏りは何を理由とするものか、不思議に思います。
私が考えた仮説としては、イノシン酸ナトリウム やグアニル酸ナトリウムに比べて、グルタミン酸ナトリウムが、より効果絶大なのでは無いかということです。
イノシン酸やグアニル酸は、相乗効果を実現するための「補助的役割」に過ぎないのではないかということです。
仮にそうであれば、その絶大なるグルタミン酸ナトリウムの効果ゆえに、それと共通する成分を有する「昆布だし」を駆逐していっているのではないかと考えた訳です。
この仮説は、別の角度から見ても、あり得るように思えました。
例えば、過去に書いた以下のような投稿。
この当時書いた通り、部屋の内装材等に使われる木質フローリングは、表面的には木のように見えても、内部が「木」でないことも多いわけです。
私達の目に見えるのは表面だけですから、その奥が何で構成されていても分かりません。
同じようなことが「だし」にも言えるのではないか考えた訳です。
昆布とかつおの合わせだしで言えば、立ち上る鰹節の風味は、「華やかな主役」。
表舞台です。
それに対して昆布は、主役を引き立てる名脇役「縁の下の力持ち」でしょうか。
「縁の下」にいる人が、別の人に差し変わっていてもすぐには気づかないのと同じように、昆布の味は鰹節の味に比べて、うまみ調味料に代替されやすいのではないかと考えた訳です。
これが、本日の投稿のタイトルにした
「昆布だし」と「かつおだし」、うまみ調味料での代替可能性比較
の趣旨です。
この仮説の検証のために、次のような実験手法を考えました。
2.【実験手法と、その目的】
方法としては非常にシンプルでして、用意するものは4つ
「昆布だし」「かつおだし」「グルタミン酸ナトリウム」「イノシン酸ナトリウム」です。
左が昆布だしで、右がかつおだしです。
後者のうまみ調味料も、普通にネット通販で手に入りました。
まずは、グルタミン酸ナトリウム。
イノシン酸については、以下のような製品で、製品名は「リボヌクレオチド二ナトリウム」となっていますが、成分としては、「イノシン酸ナトリウム」と、椎茸のうまみ成分である「グアニル酸ナトリウム」を50%ずつ配合したものです。
本当は、イノシン酸ナトリウムの単体の製品が良かったのですが、見つかりませんでしたので、今回の実験ではこれで代用し、以下「イノシン酸ナトリウム」と表現します。
まず、用意した昆布だしとかつおだしを混ぜ合わせれば、「昆布とかつおの合わせだし」になりますね。
その味を基準として、比較として以下のサンプル「P・Q・R」を用意します。
P「昆布だしにイノシン酸ナトリウムを混ぜたもの」
Q「かつおだしにグルタミン酸ナトリウムを混ぜたもの」
R「グルタミン酸ナトリウムとイノシン酸ナトリウムを水に溶かしたもの」
私の本日の仮説で言えば、PではなくQが、本物の「昆布かつおだし」の味わいに近いのではないか、ということです。
Rは論外だと思いますが、参考までに用意しました。
さて、どんな結果になりましたでしょうか。
3.【味を見た私の感想】
長々と仮説を書いて参りましたが、結論から申しますと、私の予想は大きく裏切られました。
順にご説明します。
まず、「グルタミン酸ナトリウムとイノシン酸ナトリウムを水に溶かしたもの」については、想像がつくでしょう。
論外です。
全く「昆布かつおだし」とは異質のもので、単に、なんとなくナゾの化学物質の味がするだけです。
「昆布かつおだし」の美味しさとは全くの別物です。
次に「昆布だし」を見ます。
これだけでも美味しいのですが、やはり「昆布かつおだし」と比べると、華やかさに欠け、捉えどころのない地味な味わいです。
これに、イノシン酸ナトリウムを加えたところで、それが鰹節の香りを発揮するわけではありませんし、「昆布かつおだし」にはならないのは、多くの方が想像できるところでしょう。
事実、そうなりました。
なんだかよく分からない味でした。
イノシン酸による「かつおだし」の代替可能性は低いこと、想像した通りでした。
次に、「かつおだし」を見ます。
かつおだしも素晴らしいのですが、やはり単体では味の厚みが足りないのです。
薄っぺらく、立体感がありません。
底支えをする昆布が欠落することで、大きく魅力を失います。
では、その効果を「グルタミン酸ナトリウム」に期待して加えてみましょう。
これについては私の当初の予想は裏切られました。
もう少し良い結果が出るかと思いましたが、全くと言って良いほど「昆布かつおだし」とは違った味になったのです。
昆布が発揮する、様々な自然の成分によるふくよかな味わいとは異質でした。
結局つまり、うまみ調味料では、昆布の代替にも鰹節の代替にも全然ならないと感じました。
言い方を変えれば、「うまみ成分」として代表される両成分以外の、他の自然素材に含まれる要素が大きく関係しているということでしょう。
4.【その結果を踏まえての新たな実験】
前段に書いた通り、所謂「うまみ成分」では、昆布の代替にも鰹節の代替にもならないと感じたわけです。
しかし、それでも世間を見渡せば、実際にうまみ調味料が加工食品に多用されているわけです。
効果の乏しいものが広く使用されるはずはありませんから、世間一般での実例と、私の感想が食い違うことになります。
このあたりを整理すべく、新たな実験を用意しました。
それは、こんぶ土居製品「十倍出し」の、「20倍出し」への変身計画です。
この製品は、ネーミング通り原液を水で10倍で希釈してご利用いただくことを想定しています。
当然ながらそれを20倍に希釈してしまうと、味わいが薄く物足りなくなるわけです。
しかし、これにグルタミン酸ナトリウムを加えると、「物足りなさ」が解決され、もはや普通に成立するように感じます。(十倍出しに含まれる塩分も同時に薄くなりますので、塩も補います。)
むしろ10倍希釈のものよりも遥かに強い「うまみ」を呈する、「だしのようなもの」になりました。
更に、30倍希釈版の実験もしましたが、単に希釈した段階では、薄い薄い白湯のような味のものにしかなりません。
しかしこちらも、「うまみ調味料の添加と塩分調整」によって引き続き、「強いうまみを呈するだしのようなもの」になりました。。
いやはや、驚くべき効果!
この分だと、50倍希釈などでも同様の結果になるように思えます。
ただ、いつまでも舌に残り続けるうまみ調味料特有の傾向は、本物のだしとは「やはり異質」であったことも申し添えます。
(左から、10倍希釈、20倍希釈、30倍希釈です。30倍は、色もほぼ無色になりました。)
5.【得られた結論】
以上の実験から得られた結論は、
当然ながら「だし」の代替にはならない。しかし、本物に似せた「水増し製品」の製造に、絶大な効果を発揮する。
でしょうか。
海外では、うまみ調味料を「Flavor Enhancer」と呼ぶことがあります。
例えば、下のリンクのような製品です。
これは、直訳すると「風味増強剤」です。
正に、「風味を増強する」効果があるということでしょう。
「20倍出し」「30倍出し」実験でご紹介したような、自然素材の部分的代替の行きつく先が、もはや「自然のだし素材」と「うまみ調味料」の主従が逆転した顆粒だしのような製品であり、こうして日本のだし文化は「まがいものばかり」の現状に至ったのでしょう。
6.【素材の「低品質化」が進む?】
別の観点からのお話を少し。
私共は昆布屋ですので、品質の良い「だし昆布」を提供しようと努めるわけです。
良いだし昆布とは何かと言えば、「昆布の良い味わいは強く」、そして同時に「雑味は少なく」ということに集約されるかと思います。
これは鰹節や煮干しでも同じで、高品質な製品とは、しっかりとした味わいを確保しつつ、同時に「不要な味」をいかに含ませないかということです。
なにしろ「だし」は、そもそもそれ自体が主役ではなく、他の素材を引き立てる役割であるわけですから。
鰹節で言えば、良いカビの力を利用して仕上げる高級品「枯節」と、かびつけの工程のない「荒節」に大別されます。
鰹節の特徴的な風味が何に由来するかを考えると、「焙乾」の工程も大きく関係し、言ってみれば「かつおのスモークされた香り」でしょうか。
このスモーク感で言えば、枯節は荒節より穏やかであることが一般的です。
それは、かび付けの前に、燻製によって生じた荒節表面のタール分を削り落とすからです。
このスモーキーな香りは、鰹節特有の「個性」ではあるのですが、それが強すぎると下品な味わいになるものです。
鰹の魚体サイズで言えば、表面積と重量の関係で、小さな魚体で製造された鰹節ほど燻製香は強くなります。
昆布で言えば、昆布の品種による味わいの違いも関係しますし、同時に厚みについても同様の事が言えるのです。
「昆布っぽい風味」で言えば、ぶ厚い昆布より薄い昆布の方が明らかにその傾向が出ます。
私共の製品の「本格十倍出し」で言えば、昆布も鰹枯節も品質の良いものをふんだんに使用します(使用量は製品ラベルやオンラインストアに明記しています)。
それを、「薄い昆布」や「魚体サイズの小さな荒節」で代替したとするならば、「雑味」が強く出てしまって下品な味わいになってしまうわけです。
しかし、「ほんだし」等の原材料に使うのであれば、逆の事が言えるのかもしれません。
なにしろ、うまみ調味料が主成分であって、だし素材はごく少量しか使われないのですから。
それでいて、昆布や鰹節の風味を感じようとするならば、本格十倍出しと真逆の傾向の原料の方が適しているのではないかと思います。
つまり、「薄い昆布」や「魚体サイズの小さな荒節」がそれに当たるかと思います。
実際に、素材の製造現場においては、そんな傾向が出てきているのです。
昆布漁師さんでも鰹節の生産者でも、「ものづくり」をする人は、本当は良いものをつくりたいと願っているのではないでしょうか。
昆布で言えば、養殖物であったとしても、しっかりと厚みのある良い昆布を育てたいと。
かつお節で言えば、立派な魚体の鰹を使って、誇らしいような本枯節をつくりたいと、そう願っているのではないでしょうか。
しかし、実際は近年、昆布でも鰹節でも「質より量」の傾向が強く出ているように感じています。
こう考えると、うまみ調味料によって実現する「まがいもの」が増えることは、原料の生産現場の景色さえ変えているのかも知れません。
昆布の「質より量」への傾向は、以下の過去投稿でもご説明しています。
7.【まとめ】
今回の投稿は、「味覚」の話を多分に含みますから、理解への近道は体験していただくことでしょう。
そんな体験イベントを、大阪昆布ミュージアムで開催したいと考えています。
ぜひ多くの方に、今回の私の実験を追体験していただきたいと思っています。
冒頭で書いたように、日本のだし文化は、どんどん衰退しているのです。
インスタントコーヒーを買っても、それがコーヒー豆以外から「苦み」や「香り」を得ているなんてことは無いでしょう。
言ってみれば「本物」なのです。
お酒の世界でも、醸造アルコールや調味料類をを加えて増量する「三増酒」等も、戦中戦後の米不足の時代から始まって以後長らく製造されてきましたが、現在ではほぼ一掃されています。
それなのに、日本の伝統食文化の核となる「だし」が、イミテーションにまみれた現状で良いのでしょうか。
グルタミン酸がどうだとか、イノシン酸がどうだとか、その相乗効果がどうだとか。
何よりも「うま味」「UMAMI」を喜々として発信することの「薄っぺらさ」がご理解いただけましたでしょうか。
ついでに書きますと、味が複雑だということは、栄養成分も複雑だということ。
そんな内容については、下記の過去投稿もご参照下さい。
日本人の健康と、日本の伝統文化を守るため、是非ご理解いただきたいと思います。
(了)