前回の投稿で、臆面もなく「こんぶ土居の昆布粉は品質が素晴らしい」などと自画自賛しておりましたが、「味覚の面で品質が高い」と、何を以て言うのでしょうか。
これは、実は難しいところです。
そう感じさせる事例に、先日遭遇しました。
こんぶ土居は「良い食品づくりの会」という、食品生産者の研修の集まりの会員です。
この会で共に学ぶ会員さんはたくさんおられますが、鰹節屋さんの会員もあります。
私共のネットショップでも小売り用の鰹節を販売しておりますが、その作り手である東京の「タイコウ」さんです。
良い食品づくりの会には「認定品」というシステムがあり、他の会員によって、ある生産者会員の製品が認定品にふさわしいか審査されます。
先日、この認定審査にタイコウさんの新製品が出品されました。
「いつものだし粉」という製品です。
製品としては非常にシンプルで、鰹節と煮干しと昆布の粉末をブレンドしただけのものです。
だしを取るのがめんどくさければ粉のまま入れてしまってはどうか、というコンセプトですね。
前述の良い食品づくりの会の審査方法は多岐に亘りますが、当然味も見るわけです。
会では「官能検査部会」と呼んでいますが、同カテゴリーに属する他社製品を用意し、比較しながら味が優れているかを確認しています。
私も味を見せていただいたのですが、比較品とは驚くほどの差がありました。
実は私が比較品を選定したのですが、メーカーによって公表されている素性を参考に、良いと思われる比較品を選んだつもりです。
しかし、タイコウさんの製品は、圧倒的に高品質でした。
おいしさの理由はおそらく単純なことで、良い原料を集めてきたというだけのことだと思います。
昆布の粉は私共で製造したものをお使いいただいております。
煮干しについても非常に高品質なものをご用意され、それを一尾ずつ手で割り、内臓とエラを取り除いて粉末化しているとのことです。
鰹節についてはご専門ですし、そんな原料を使えば美味しくなって当然です。
「美味しい」と簡単に書きましたが、では、だしの粉末がどんな味であれば「おいしい」と呼べるのでしょうか。
私が「いつものだし粉」を高品質であると申し上げた理由は単純です。
「含まれているべき良い味や香りが強く、同時に雑味が少ない」ということでしょうか。
味覚と嗅覚に分けて考えますと。
味覚については、だしには「苦み」や「酸味」「渋味」などは少ない方が良いですね。
それに対して、所謂うまみ成分は、当然多い方が良いでしょう。
嗅覚から考えると、粗悪な原料を使えば、いやなにおいがあるものです。
例えば、鰹節や煮干しについては原料魚の鮮度が影響し、魚くささや酸化臭があると高品質だとは言えないでしょう。
昆布も同様で、昆布の素性によっては、海藻臭いような特殊な風味が気になるものです。
良い味や香りは歓迎だが、不要な要素は少ない方がいいということです。
しかし、不要な要素を、それが「不要」であると、どのように認定するのでしょうか。
雑味と呼べそうなものでも、その風味が好きだという方がいた場合、どう考えれば良いのでしょうか。
こういった状況では、「所詮、味なんて、人それぞれの好みじゃないか」という話が出てくる場合があります。
実は、前述の良い食品づくりの会の官能検査時にも、少し評価が分かれたのです。
私ならタイコウさんの製品に良い評価をしますが、そうでない部会員もいたということです。
私は昆布屋ですから、言ってみれば「その道の人」ですが、だしそのものの味を見慣れている人など、実は世間では少数派なのかも知れません。
そんな方には、そもそもどんな評価軸で考えれば良いのか、悩んでしまうのかも知れません。
結果、「なんとなく」の評価がされる場合があるように思います。
こんな一件から、今回のブログは「味の優劣」と「味の好み」について書いてみることにしました。
少し難しくデリケートなテーマですが。
結論から申しますと、完全な「優劣の線引き」は簡単では無いと思います。
しかし、「好み」と片付けてしまうことには、やはり賛同できません。
キーになってくるのは、「歴史を伴った、その道の人たちの評価」でしょうか。
他の分野を考え合わせると理解しやすいかと思います。
私は食の業界に居ますので、主に動員するのは味覚と嗅覚ですが、他の感覚で判断する分野もありますね。
例えば、美術品を目で見たり、音楽を耳で聞いたり。
私は美術や音楽に関して知識も無ければ才能もありませんので、そういったものを正しく判断する能力を残念ながら持ち合わせていません。
音楽の演奏に良いものとそうでないものがあり、美術品に優れたものとそうでないものがあるのなら、食品についても同じでしょう。
ですので、食べ物の味を『好み』で片づけてしまうのは、やはり正しくないと思います。
食に関しては、健康にも関わってきますから、尚更です。
また、「多数決でもない」と考えています。
非常に失礼な言い方になって甚だ恐縮ですが、「味の分からない方」は相当数おられますので、品質の高くない物が好評を博すことは考えられないことではありません。
特に食べ慣れないものに関しては、そうなるリスクは高いように思います。
前回の投稿で、私共の昆布粉を「圧倒的にに高品質だ」等と書きましたが、その一方で、売れに売れているわけではないのです。
これはひょっとすると、そう感じておられない方も多いということかも知れません。
もちろん価格のことも関係するかとは思いますが。
こう考えると、良い食品を作る生産者には「適正規模」があって、そもそも売れまくるような状態を望むべきでないとも思います。
食品製造者の本分として、一人でも多くの方に喜んでいただけるものを作ることは大切でしょう。
しかし、基本的にこんぶ土居では、最大公約数を狙ったような製品は作りません。
ひとりよがりなようで甚だ恐縮ですが、根拠を伴って私が良いと思ったものをご提供します。
それが結果として、買って下さった方の喜びにつながることを望んでいます。
世間には、「あるべき原料とあるべき製法」から逸脱した、イミテーションと呼べそうな食品も存在し、意外にそんな製品が売れていたりもしますので、それについては特に注意が必要かと思います。
しかし幸い、昆布の粉にはイミテーションは無いでしょう。
さほど高品質でない原料を使って作った昆布粉が、用途によっては問題なく使えたり、一部の場面では、そのようなものの方が適していることさえ起こり得ます。
ですので、私共以外の昆布粉製品を「悪く」言うつもりはありませんし、それにはそれの存在意義があるわけです。
ただ、本当に良い原料をつかってコストもかけて作っていますから、その違いが理解されて欲しいとは思います。
こんぶ土居店頭で販売している昆布粉は、献上昆布たる白口浜天然真昆布100%です。
こんな明確な素性の高品質な原料でつくったものはないと自負しています。
今回の投稿内容は、一部に私の「愚痴」や「嘆き」が含まれているようで申し訳ありません。
味を判別することについても、昔の人は優秀だったのかも知れません。
古い時代から昆布に格付けが存在したことは、改めてすごいことだと思います。
昆布の品種もたくさんある中で、真昆布だけには地名を冠することなく「真」という文字をつけたり、同じ真昆布エリアでも「浜格差」と呼ばれる採取地の格付けをしたわけです。
そんな「良いものを判別する感覚」が現代人に失われているのかも知れません。
食の業界にも、食品自体に関心があるのでなく、そこから得られるお金のことばかりを見ている人が多いような気もします。
幸いにも私共の仕事は、「良い食品」を正しく判別できるお客様に支えられています。
その方々に向けた仕事は今後も変わりませんし、ご期待を裏切らないよう良い製品づくりに努力したいと思います。
また、良いものを理解していただき易いように、情報や体験の機会の提供も充実させていければと考えています。
(構想あり)