こんぶ土居店主のブログ

こんぶ土居店主によるブログです。お役に立てれば。

横綱『川汲と尾札部』、しかし浜格差より大切なこと

 

大きな価値を持っているのに、別の何かの陰に隠れてしまって伝わらない。

そんな不遇が存在するのも世の常で、なかなか残念なものです。

前回投稿で書いたことも、そういった内容でした。

konbudoi4th.hatenablog.com

 

本日のテーマも同様で、真昆布の名産地の「知名度」について。

代表選手として最も名前が通る「尾札部浜」と、それに比べると陰に隠れた感のある、隣接する「川汲浜」の物語。

こんぶ土居では、これまでずっと川汲の昆布を主に取り扱ってきました。

konbudoi.shop-pro.jp

 

本日の内容、段落としては【浜格差とは】【基準浜】【川汲の知名度が低い理由】【ベストスポット】【川汲の優位性】【まとめ】、と続きます。

 

 

【浜格差とは】

昆布業界には「浜格差」という言葉があります。

これは、同じ品種の昆布であっても産出浜によって品質が違い、価格にも差が出ることを示した言葉です。

分かりやすいところで言えば、お米の「魚沼産コシヒカリ」といった話。

私は下戸ですので詳しくないですが、ワインの葡萄のテロワールも同じでしょうか。

 

道南地方で産する真昆布の世界で申しますと、まず「高級三銘柄」と呼ばれる地域があります。

「白口浜」「黒口浜」「本場折浜」です。

他産地と分けて高級品だとされてきたわけですが、中でも白口浜産真昆布は「献上昆布」の別名もあり、最高級品だとされてきました。

この「白口浜」は総称でして、7地域で構成されています。

北から、「鹿部」「大船」「臼尻」「安浦」「川汲」「尾札部」「木直」の、計7浜です。

この中ですら「浜格差」が存在するのです。

実際に、昆布の品質は異なります。

 

 

【基準浜】

前段でご紹介した白口浜を構成する7浜。

これは、現在の漁協組織による区分けでは、「鹿部漁協」と「南かやべ漁協内の6支所」で構成されています。

流通に際しても、この7浜の昆布はそれぞれ別の物として出荷されます。

 

 

この南かやべ漁協内の6地域でも、「浜格差」が存在したのです。

中でも「基準浜」と呼ばれる浜があります。

「基準」とは、価格の基準です。

 

毎年秋になれば、その年の浜出しの取引価格を決定するわけですが、これを「値決め」と呼びます。

その「値決め価格」に、あらかじめ設定された「掛け率」を乗じ、各浜の昆布の価格が決められてきました。

例えば、ある年の値決め価格が5000円だったとしますと、掛け率95の浜の昆布は4750円(5000×0.95)で取引される、と言った具合です。

この基準浜、言い換えれば掛け率100の浜が、白口浜では尾札部と川汲だったのです。

その他の浜は、それぞれの掛け率の分、安値で取引されてきました。

 

尾札部と川汲は、共に掛け率100で来たわけですから、同格であるということを意味します。

しかし、知名度がより高いのは、川汲より圧倒的に尾札部の方です。

これがどういった理由によるものか、次の段でご説明します。

 

 

【川汲の知名度が低い理由】

『行政再編の歴史』

まず、前述の両地域は、今の行政区で言えば函館市の一部ですが、2004年(平成16年)に編入されるまでは「南茅部町」でした。

この「旧南茅部町」に含まれる地域は、現在の漁協区域で言えば、「大船」「臼尻」「安浦」「川汲」「尾札部」「木直」の6地区です。

 

更に時代を遡りますと、この「南茅部町」は、1959年(昭和34年)に「尾札部村」と「臼尻村」が合併して誕生しています。

この「尾札部村」は、現在の漁協区分で言えば「川汲」「尾札部」「木直」の3地区で構成されていました。

 

つまり、昭和34年までの川汲は「尾札部村」の一部であったのです。

村の名前である尾札部と、その一領域に過ぎなかった川汲。

この段階で知名度には大きな差がでます。

 

これは行政区域だけでなく漁業組織としても同じで、現在の「南かやべ漁協」は、古く遡れば「尾札部村漁業会」と「臼尻村漁業会」が前身です。

ここでもやはり川汲浜は、「尾札部村漁業会」の一領域ということでありました。

言ってみれば「川汲」という名前は、しばしば「尾札部」に内包されてきたわけで、知名度が低いのは、こんな理由によるものだと思います。

 

また、尾札部に比べると川汲は狭い浜ですので、漁師さんの数も少ないです。

そうなれば当然、生産量も少なくなるわけで、こんなことも関係しているかも知れません。

 

 

【ベストスポット】

前述のように、川汲と尾札部が「基準浜」として同格であったわけですから、最も良い品質の昆布が採れる場所は、両浜の境界線付近ということになります。

 

下の画像は「御料品昆布」の天日干しの図です。

「御料品」とは、天皇やそれに準ずる方々に差し上げるための物のことですが、簡単に言えば献上品です。

この写真が撮影された場所は、尾札部浜内の川汲との境界近辺です。

やはりこの辺りがベストスポットという認識で間違いないと思います。

この辺りから離れるほど、徐々に品質が変わっていくということになるわけです。

 

 

【川汲の優位性】

前述のように、ひとつの産出浜内でも微妙なエリアの違いで昆布の品質には違いが出ますし、簡単ではないのです。

ただ、尾札部と川汲の昆布の品質を比較した場合、全体として申し上げるなら、知名度に劣る川汲に僅かに優位性があると考えています。

 

理由は2つ。

①「見日」の吸収合併と、②管理体制、です。

順にご説明します。

 

①「見日」の吸収合併

さて、先にご紹介しました通りの、「大船」「臼尻」「安浦」「川汲」「尾札部」「木直」、6支所で構成される「南かやべ漁協」。

この組織も、2015年に合併により誕生しています。

つまり2015年までは、それぞれの支所が独立した漁協であったのです。

 

これらの6漁協の歴史は昭和24年から始まるのですが、この頃はもう少し細分化されていたのです。

尾札部漁協と木直漁協の間に「見日(けんにち)漁協」があり、木直漁協の向こうに「古部漁協」がありました。

「見日漁協」は、昭和37年に「尾札部漁協」に吸収合併されるのですが、それはつまり、昭和37年以後の尾札部産昆布は、それ以前の尾札部産と見日産の混合物だということになります。

この「見日」の昆布は、それまでの川汲や尾札部と比べて、一段下がる評価でありましたので、尾札部産昆布は「下ぶれ」する結果となっているかと思います。

言い方を変えれば、良い昆布も少し劣る昆布も混じっているということです。

 

その一方、川汲は周辺浜との合併の歴史が無いので、現在も狭い領域です。

漁師さんの数も尾札部に比べると少ないわけで、『下ブレが少ない』ということが優位性として挙げられるのではないかと思います。

 

詳細は、南茅部町史「漁業協同組合のあゆみ」をご参照下さい。

テキスト / 漁業協同組合のあゆみ

 

 

②管理体制

前述のように、尾札部浜は高級真昆布の代表格です。

しかしこれは、天から与えられたものです。

人の力によって品質を上げたというのでなく、良い昆布が成長するのに理想的な環境であったというだけのことです。

 

こういった状況で往々にして発生するのが、「品質向上への努力を怠る」傾向です。

こうなる理由は簡単で、努力せずとも売れるからです。

非常に高品質な昆布で知名度もある引手数多な昆布。

右から左へ勝手に売れていくのです。

そうなれば、品質向上への取り組みが起きにくいのは当然のことでしょう。

 

逆に、南かやべ漁協内でも上浜でない地域は「なにかしよう」という意気込みが感じられます。

それは、自分たちの浜の昆布が劣っていることを自覚しているからです。

そんな昆布を良い価格で買ってもらいたいとなれば、何か手を打つしかありません。

これこそが、品質改善への動機づけとなります。

 

評価が高い浜は何もしなくても右から左へ売れるわけですから、言い方は悪いですが、「あぐらをかく」ということにつながりがちです。

こういった状況が、時に大問題を引き起こす場合があります。

 

あまり言いたくはないですが、定番の問題として存在したのは、天然昆布と偽って養殖昆布を出荷することです。

実際に私も経験がありまして、「天然真昆布」とケースには書かれているのに、中身を開けると養殖昆布が入っていたことがあります。

 

これは大阪の昆布屋も悪いのです。

「目利き」としての能力がなく、違いを見分けられない人が多いのでしょう。

そうなれば、それで通用してしまうわけです。

「明確に立証できない」ことも背景にありますでしょうか。

養殖昆布は天然昆布から種苗をつくって育てるので、DNA鑑定にかけたとしても同じ結果が出ますから。

 

もちろん、ほとんどの漁師さんは、そんなことはしません。

まじめに規格通り製品化する良い方ばかりです。

しかし、どこの世界にも「悪い人」は必ずいるわけで、そんな問題児を正しくコントロールする体制が必要であるわけです。

それは、基本的には漁協の仕事だと思いますが、いまいち効果的に機能していない場合もあります。

少し指導力が弱いのかも知れません。

 

 

過去において、私は川汲産の天然真昆布で上記のような問題に遭遇したことは一度もありません。

しかし、尾札部産の昆布では、何度か実際に辛い経験をしています。

これは、問題のある漁師さんをコントロールする、漁協の「指導力」「統率力」で言えば、尾札部より川汲の方が上だということでしょう。

これは、知名度ナンバーワンの代表格であることが、「向上への意欲に欠ける」悪い方向に作用した事例と捉えることができるかも知れません。

 

残念ながらこんな問題が過去に起きていたのは事実でありまして、白口浜真昆布の代表選手である尾札部浜には、是非奮起を期待したいところです。

 

 

【まとめ】

先に書きました通り、結局は昆布の品質は個体差もあり一概には言えません。

であるからこそ、私共の仕事に意味があるわけです。

一枚一枚の昆布の品質を見抜く的確な選別が必要です。

古い言い方なら「目利き」でしょうか。

 

実は、三代目の時代から『川汲浜昆布生産者採点表』をつけてきました。

これは、私共を取り上げてくれたグルメ漫画美味しんぼ」にも載っています。

ひょっとして川汲の漁師さん方は、「土居に厳しく品質をチェックされている」という良いプレッシャーの元に仕事をして下さっていたとか。

そんなことであれば、何より嬉しいのですが。

 

 

長々と書いて参りましたが、尾札部の圧倒的知名度の前に隠れてはいるが、よく頑張っている川汲浜の不遇も知っていただけると嬉しいです。

両浜が共に仲良く品質向上へ進む未来があれば、何より素晴らしいですね。

そう願いたいものです。

 

これまでのお話しは品質上の浜格差についてですが、既に書きました通り、これは人の努力によるものでなく天から与えられたものです。

それ以上に価値があるのは、やはり正しい努力によって得られた成果でしょう。

例えば、今回ご紹介しております白口浜真昆布の産地では、天然物の不作が常態化しているわけです。。

そんな中で今年、臼尻地区では少し資源が回復しております。

数日間、天然昆布採取もしました。

これは、臼尻の漁師さんの努力が実ったと見ることができるかも知れません。

本当に素晴らしいことで、臼尻地区の努力が賞賛されるべきだと思います。

 

これと同じようなことを、過去投稿でもご紹介しております。

konbudoi4th.hatenablog.com

この投稿の通り、えりも岬の漁師さん方は血の滲むような努力によって昆布の森を復活させたわけです。

これは、資源量の回復だけでなく、品質の向上にもつながりました。

日高昆布にも浜格差があり、「上浜」「中浜」「並浜」と大別されますが、昔は並浜であったえりも岬も、現在は「中浜」との評価に格上げされています。

これは、人の努力で過去の「浜格差」を覆した偉業です。

 

未来の昆布漁業を考えたとき、「おいしさ」という観点はもちろん大切なのですが、「正しさ」が評価される時代が来るのかもしれません。

おいしさでは劣るが、例えば環境問題に対する取り組みなどで、より良い形を実現している浜の昆布が評価されたりして。

個人的には、そんな時代が来てほしいとさえ思います。

 

決して、過去からの評価にあぐらをかかず、新しい時代に求められる姿を追求する昆布業界であってほしいと思います。

 

(了)

 

(こんぶ土居の倉庫内で、出番を待つ各浜の天然真昆布)

f:id:konbudoi4th:20231223155055j:image