昆布の漁期は夏場です。
今は7月ですので、北海道の昆布の浜は最盛期を迎えつつあるのです。
昆布の生産量は、漁期が終わって出荷実績が出るまで分からないわけですが、生産量予想は既に出ています。
天然昆布であれば海底の繁茂状況を見れば予想は立ちますし、養殖昆布なら栽培されている量を集計すれば概算数値は出てくるわけです。
10年来、道南の真昆布産地では天然物の大凶作が起きているわけですが、今年も好転していません。
本日の投稿では、2024年の生産量予想の数字をご紹介すると共に、その数字から見えてくること、読み解き方をご説明したいと思います。
白口浜真昆布の産地、旧南茅部町域の6浜(大船 、臼尻 、安浦 、川汲 、尾札部 、木直 )の生産量予想データです。
真昆布には「天然昆布」「二年養殖昆布」「促成昆布(一年養殖)」の三種がありますので、データもそれぞれに分けられています。
それぞれのデータについて、ご説明するわけですが、注目すべきポイントはそれぞれに異なるのです。
【①天然真昆布のデータから見えること】
【②二年養殖真昆布のデータから見えること】
【③促成(一年養殖)真昆布のデータから見えること】
【④まとめ】
、と順に書きたいと思います。
【①天然真昆布のデータから見えること】
(2024年生産量予想 単位:トン)
【天然元揃真昆布】
大船 0、臼尻 2、安浦 0、川汲 0、尾札部 0、木直 0
【天然真昆布(加工用)】
大船 0、臼尻 4、安浦 0、川汲 0、尾札部 0、木直 0
合計:6トン
まず、上段の「元揃」というのは、仕立ての方法のことです。
昆布が製品として流通するためには、水揚げ後に様々な漁師さんの仕事があるわけですが、この「元揃」は高級昆布ならではの非常に手間のかかったものです。
一方、下に書いた「加工用」は、かつては「雑昆布」と呼ばれたもので、何らかの理由で「元揃」には適さない昆布が「加工用」として流通してきました。
こちらは「元揃」に比べれば漁師さんの仕事も簡単で、等級によっては、干しただけで特に何もせずそのまま出荷されるものもあります。
数字は、臼尻以外は全て「ゼロ予想」ですね。
なぜ臼尻地区だけ、少し採取できるのかと言えば、臼尻の漁師さん方が昆布の天敵であるウニの対策を頑張ったからだと、私には情報が届いています。
現在の天然真昆布の常態化した大凶作の原因は、ひとつではありません。
しかし、例えばそれが地球温暖化による海水温の上昇であるのならば、その水温自体を下げることはできないわけですから、対策が非常に難しいということになります。
また、山の環境が荒れていたり、海と山の繋がりが正常でなかったり、そんなことが理由だとするならば、取り組みから結果が出るまではに少なくとも数十年かかるでしょう。
並行して様々な対策を進める必要がありますが、まずは速効性のあるウニ対策を充実させることの大切さを、各浜の生産量データは示しているかと思います。
【②二年養殖真昆布のデータから見えること】
(2024年生産量予想 単位:トン)
【二年養殖元揃真昆布】
大船 0、臼尻 0、安浦 0、川汲 0、尾札部 0、木直 3
【二年養殖真昆布(加工用)】
大船 0、臼尻 0、安浦 0、川汲 0、尾札部 0、木直 5
合計:8トン
二年かけて栽培した養殖真昆布の生産量も、天然昆布と変わらないレベルの少なさです。
先にウニの問題について書きましたが、養殖昆布はウニの被害を受けません。
海底に生える天然昆布は、海底を移動してくるウニに食べられてしまうわけですが、「海中」に浮遊するような形で育てられる養殖昆布は、海底に接していませんのでウニが来ることがないのです。

つまり、二年養殖真昆布の激減は、前段で書いたウニ問題とは全く違った理由によるものだということです。
主な理由は、「漁師さんのメリットがない」ということでしょうか。
次の段で一年養殖昆布のデータもご紹介しますが、漁師さんが真昆布を栽培するにあたり、「二年養殖」と「一年養殖(促成)」のどちらかを選択するわけです。
当然にメリットの大きい方を選択するわけですが、現在の状況では、一年養殖の方がメリットが大きいと考える方がほとんどだということです。
その理由は、「リスク」と「価格」です。
次の段の、一年養殖真昆布のデータと合わせてご説明します。
【③促成(一年養殖)真昆布のデータから見えること】
前段までと同様に、まずデータをご紹介します。
(2024年生産量予想 単位:トン)
【促成長折真昆布】
大船 36、臼尻 2、安浦 0、川汲 25、尾札部 20、木直 0
【促成真昆布(加工用)】
大船650、臼尻 400、安浦 130、川汲400、尾札部 530、木直 130
合計:2323トン
まず、この段階で、「天然」「二年養殖」「促成(一年養殖)」の生産量の提示が終わりましたので、内訳の割合を計算してみましょう。
〇天然 6トン 0.26%
〇二年養殖 8トン 0.34%
〇促成 2323トン 99.40%
(計100%)
このような内訳割合になります。
つまり、真昆布の最大生産地である旧南茅部町域の真昆布は今、99%以上が促成昆布になっているのです。
天然昆布が少ないのは、「生えていない」わけで、理由はシンプルです。
しかし二年養殖真昆布とて、天然と同水準の生産量しかありません。
この理由が、前段の『②二年養殖真昆布のデータから見えること』の末尾に書きました通り、「リスク」と「価格」です。
つまり、二年養殖真昆布は漁師さんにとって「リスクが高く」「経済的メリットが無い」ことによって、栽培が敬遠されているということでしょう。
リスクとは、栽培の失敗です。
秋口から栽培を開始して翌年の夏に収穫される促成真昆布に対し、二年養殖真昆布は栽培期間が長いことも関係し、途中で枯れてしまうような事例があり、問題発生のリスクが高いのです。
漁師さんにとってみれば、これは大問題でしょう。
せっかく経費も労力もかけて栽培したのに、それが途中で枯れてしまうわけです。
そんなリスクを減らしたいと考えるのは言ってみれば当たり前のことで、リスクの低い促成を選ぶ人が増えるのは必然でしょう。
しかし仮に、二年養殖真昆布の取引価格が促成より圧倒的に高く、例えば二倍以上の値がついたりしたらどうでしょう。
トライしてくれる漁師さんも今よりは増えるのではないでしょうか。
しかし、今は促成と二年養殖の価格差は、それほど大きくないのです。
そもそも、二年養殖真昆布は二年に一回しか収穫できないのですから、毎年収穫できる促成昆布とは価格面で相当の差がついて良いと思うのですが。
背景には、市場に於いての理解が乏しいことも関係するように思っています。
そもそも、昆布に養殖が存在することを御存知ない方も多いのです。
その理由は「表示義務がない」ことです。
スーパー等のダシ昆布売場で真昆布を見つけたとしても、それが天然物でなさそうなことは、ご紹介したデータで明らかでしょう。
しかし製品のどこを見ても、それが養殖昆布であるということが読み取れる表示は為されていないはずです。
つまり、一般消費者は「天然」も「二年養殖」も「促成」も、その差異を認知せず、「ひとからげに真昆布」という風に見ていることでしょう。
こんな背景では、二年養殖の価値に見合った価格がつきにくいのは、当然だと言えるかも知れません。
ここで、「天然」「二年養殖」「促成」、この三者の断面写真をご紹介します。

上から「天然」「二年養殖」「促成」の順です。
ご覧の通り、厚みのある天然昆布と比べると、幾分は薄く感じられるかも知れませんが、二年養殖でも大きな遜色はないのです。
しかし促成になれば、同じような面積でも枚数が圧倒的に多いのが見て取れるかと思います。
つまり、一枚あたりの重量が軽いのです。
薄く、密度が詰まっていない感じです。
二年養殖の真昆布というのは、天然と本質的には同じです。
「勝手に生えている」のか「人間が植えた」かの違いです。
浅瀬の海底に生える天然と、沖合に張られた養成綱に根を張る養殖昆布では、生育環境に少々違いはありますが、本質的には同じものです。
しかし促成栽培の昆布は、そもそも生育期間が半分なわけですから、言ってみれば全く別物です。
この違いは、やはり正当に評価されて欲しいと思うのですが。
促成真昆布のデータを再び出します。
【促成長折真昆布】
大船 36、臼尻 2、安浦 0、川汲 25、尾札部 20、木直 0
【促成真昆布(加工用)】
大船650、臼尻 400、安浦 130、川汲400、尾札部 530、木直 130
ここから見えることが、もう一点ありまして。
上の「長折」は、天然物の「元揃」に比較的近い、手間の掛かる昆布の仕立て方法です。
昆布は平たく伸びています。
これに比べて加工用は、言ってみれば「干しただけ」に近く、手間のかからない仕立て方法です。
ざっと内訳割合を計算しますと、長折が約4%で、加工用が96%です。
当然に、「長折」の方が取引価格は高いのですが、それでも96%が加工用で出荷されることの理由は、産地の後継者不足と高齢化に伴う労働力の減少です。
価格が安くとも、手間の掛からない方を選択する人がほとんどだということです。
これは天然や二年養殖の背景とは全く異質で、環境問題ではなく「社会的要因」と言えるでしょう。
この労働力の不足は、今後更に顕著になるのは確実で、非常に大きな問題です。
これは私共の仕事にも影響が大きく、昆布を理想的な環境で熟成させるためにも、的確な選別のためにも、「加工用」では不都合が多いのです。
なんとも困ったことです。
【④まとめ】
前回投稿でご紹介した通り、日本の昆布生産量は長く3万トンの水準で安定していたのです。
それが、今年はなんと1万トンを割り込みます。
これは全品種の産出量のデータですが、真昆布については「量」が激減しているのと同時に、ご紹介した通り天然も二年養殖もほぼ無いので、「質」までもが悪化しているわけです。
昆布業界の惨憺たる現状、ご理解いただけましたでしょうか。
しかしこんな現状でも、私は諦めているわけではないのです。
天然真昆布の資源回復については、ご紹介した臼尻の事例で見えるように、ウニ対策を的確に為せば、ある程度は可能なのではないかと考えています。
二年養殖の減少については、実は研究機関に於いて、促成栽培と同様の栽培期間で二年養殖に近い品質の栽培技術が開発されつつあるようです。
これが実現すれば、品質の向上と漁師さんの経済的メリットが、同時に成し遂げられるかも知れません。
手間のかかる作業が敬遠される傾向については簡単な解決は見込めませんが、少しでも労働生産性の高い方法を模索することになります。
昆布屋の目の前には、本当に巨大な障壁が立ちはだかっているわけですが、業界は問題解決に向けて動き出したばかりです。
問題解決の意思を見せる人の輪は、確実に広がってきています。
これまでは、「あまり大きな問題が無かったから、昔ながらの方法から進歩が無かった」ということです。
「正しい努力が積み重なれば、良い未来も拓けてくるはずだ」との前提で、今後も対応したいと思っています。
以上、2024年の現在地のご報告でした。
新しい良い展開について、改めて投稿できる日が楽しみです。
(了)